2004年の目標!! 中間発表その1
2004年2月1日 映画さて、早速ですが2004年の目標の中間発表その1です。
とりあえず目標の再確認を・・・・
目標第一弾 「映画を300本観るぞ!!」(DVD等含む)
目標第二弾 「本を100冊読むぞ!!」
1.映画
#001 「東京ゴッドファーザーズ」テアトル池袋 2004/01/07
#002 「インファナル・アフェア」新文芸坐 2004/01/14
#003 「HERO」新文芸坐 2004/01/14
#004 「タイムライン」日劇1 2004/01/23
2.DVD、CATV等
#001 「機動戦士ガンダムII 哀戦士編」CATV 2004/01/01
#002 「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」CATV 2004/01/01
#003 「マクロスプラス」HDD 2004/01/04
#004 「ドリームキャッチャー」DVD 2004/01/05
#005 「世にも奇妙な物語 映画の特別編<特別版>」CATV 2004/01/16
#006 「Dolls」CATV 2004/01/18
#007 「デルス・ウザーラ」CATV 2004/01/19
#008 「バッファロー’66」DVD 2004/01/20
#009 「ガンヘッド」CATV 2004/01/21
#010 「私は二歳」CATV 2004/01/25
#011 「ファーゴ」DVD 2004/01/26
#012 「実録ブルース・リー/ドラゴンと呼ばれた男」CATV 2004/01/27
#013 「トロン」CATV 2004/01/28
#014 「無法松の一生」CATV 2004/01/29
3.読書
#001 「白い巨塔(四)」山崎豊子著 新潮文庫 2004/01/08
#002 「白い巨塔(五)」山崎豊子著 新潮文庫 2004/01/13
#003 「光と影の誘惑」貫井徳郎著 集英社文庫 2004/01/19
#004 「職業欄はエスパー」森達也著 角川文庫 2004/01/24
#005 「四日間の奇跡」浅倉卓弥著 宝島社文庫 2004/01/27
映画は、劇場4本、DVD等14本で、計18本。
このままのペースで、年間216本(劇場48本)です。
読書は5冊で、このままのペースでは、年間60冊です。
1月はスキー三昧で時間がなかなか取れないので、「2004年の目標」的には正にスロー・スタートです。
スロー・スタートとは言うものの、実際は先が思いやられる状況で、不安で一杯です。
まあ、先は長いですが頑張ります。
とりあえず目標の再確認を・・・・
目標第一弾 「映画を300本観るぞ!!」(DVD等含む)
目標第二弾 「本を100冊読むぞ!!」
1.映画
#001 「東京ゴッドファーザーズ」テアトル池袋 2004/01/07
#002 「インファナル・アフェア」新文芸坐 2004/01/14
#003 「HERO」新文芸坐 2004/01/14
#004 「タイムライン」日劇1 2004/01/23
2.DVD、CATV等
#001 「機動戦士ガンダムII 哀戦士編」CATV 2004/01/01
#002 「機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編」CATV 2004/01/01
#003 「マクロスプラス」HDD 2004/01/04
#004 「ドリームキャッチャー」DVD 2004/01/05
#005 「世にも奇妙な物語 映画の特別編<特別版>」CATV 2004/01/16
#006 「Dolls」CATV 2004/01/18
#007 「デルス・ウザーラ」CATV 2004/01/19
#008 「バッファロー’66」DVD 2004/01/20
#009 「ガンヘッド」CATV 2004/01/21
#010 「私は二歳」CATV 2004/01/25
#011 「ファーゴ」DVD 2004/01/26
#012 「実録ブルース・リー/ドラゴンと呼ばれた男」CATV 2004/01/27
#013 「トロン」CATV 2004/01/28
#014 「無法松の一生」CATV 2004/01/29
3.読書
#001 「白い巨塔(四)」山崎豊子著 新潮文庫 2004/01/08
#002 「白い巨塔(五)」山崎豊子著 新潮文庫 2004/01/13
#003 「光と影の誘惑」貫井徳郎著 集英社文庫 2004/01/19
#004 「職業欄はエスパー」森達也著 角川文庫 2004/01/24
#005 「四日間の奇跡」浅倉卓弥著 宝島社文庫 2004/01/27
映画は、劇場4本、DVD等14本で、計18本。
このままのペースで、年間216本(劇場48本)です。
読書は5冊で、このままのペースでは、年間60冊です。
1月はスキー三昧で時間がなかなか取れないので、「2004年の目標」的には正にスロー・スタートです。
スロー・スタートとは言うものの、実際は先が思いやられる状況で、不安で一杯です。
まあ、先は長いですが頑張ります。
「十二人の怒れる男」、「情婦」
2004年2月2日 映画池袋「新文芸坐」の企画上映「魅惑のシネマクラシックス Vol.4」で「十二人の怒れる男」と「情婦」を観た。
「十二人の怒れる男」は言わずと知れた法廷モノの傑作で、最早法廷モノの代名詞とも言われており、その優れた脚本は数々の脚本教室の教材ともなっているのだ。
脚本は素晴らしいし、舞台を限定した本作の中で、観客を飽きさせない変化に富んだ画面構成も良い、勿論演技合戦も楽しい。
しかし、苦言を言うならば、本作の前提条件である「弁護士がヘボである」という点が釈然としないのも事実だろう。
しかしながら、映画史に燦然と輝く法廷モノの傑作で、後年「12人の優しい日本人」(東京サンシャインボーイズの舞台劇と中原俊監督作品)という作品もあるので、比較して見ると面白いと思います。
「情婦」は、アガサ・クリスティの傑作戯曲の映画化作品。
これも法廷モノの傑作で、ビリー・ワイルダーの傑作。
この映画のラストは、ある意味映画史に残るラストなのかも知れないのだ。
両作とも古い映画(1957年)ですが、どちらもオススメ作品なので機会があれば是非観て下さい。
「十二人の怒れる男」は言わずと知れた法廷モノの傑作で、最早法廷モノの代名詞とも言われており、その優れた脚本は数々の脚本教室の教材ともなっているのだ。
脚本は素晴らしいし、舞台を限定した本作の中で、観客を飽きさせない変化に富んだ画面構成も良い、勿論演技合戦も楽しい。
しかし、苦言を言うならば、本作の前提条件である「弁護士がヘボである」という点が釈然としないのも事実だろう。
しかしながら、映画史に燦然と輝く法廷モノの傑作で、後年「12人の優しい日本人」(東京サンシャインボーイズの舞台劇と中原俊監督作品)という作品もあるので、比較して見ると面白いと思います。
「情婦」は、アガサ・クリスティの傑作戯曲の映画化作品。
これも法廷モノの傑作で、ビリー・ワイルダーの傑作。
この映画のラストは、ある意味映画史に残るラストなのかも知れないのだ。
両作とも古い映画(1957年)ですが、どちらもオススメ作品なので機会があれば是非観て下さい。
「ジョゼと虎と魚たち」
2004年2月3日 映画話題の「ジョゼと虎と魚たち」を観た。
雀荘でアルバイトをする大学生の恒夫は、乳母車を押す謎の老婆の噂を耳にする。その乳母車の中身を知る者は誰もいないというのだ。
そんなある朝、恒夫は雀荘の店長に頼まれ、犬の散歩に出掛けると、坂道を転がり落ちてくる例の乳母車と遭遇する。
そして、恒夫が乳母車の中を覗くと、そこには包丁を持った少女ジョゼがいた。
脚が不自由で歩けないジョゼは、老婆に乳母車を押してもらい散歩をしていたのだ。
ジョゼと老婆に朝食を振舞われた恒夫は、彼女の不思議な魅力に次第に惹かれていく・・・・。
物語は、ジョゼという存在に感化され、成長する二人の男女(ここでは恒夫と香苗)を描いている。
勿論異論はあると思うが、ジョゼという存在は、この物語では言わば触媒として作用し、ジョゼにとっては、物語の前後で何ら変わったことは無い、と言えるのだ。
ジョゼの身辺に起きた幾つかの出来事は、ジョゼに変化をもたらす、というよりは、恒夫と香苗の成長とでも言うべき変化の要因となっているのだ。
そしてジョゼは普遍的で超然的な達観した存在として描かれている。
本作の監督は犬童一心。
学生時代から自主制作映画を撮り、ぴあフィルムフェスティバルに入選、その後CM制作、脚本家を経て商業映画の監督となっている、言わば自主制作映画あがりの王道を行っている監督であり、自主制作映画を志す若者の現実的なひとつの目標と言える監督である。
出演は恒夫に妻夫木聡、ジョゼに池脇千鶴。
香苗には上野樹里、ジョゼの祖母に新屋英子。
しかしなんと言っても池脇千鶴である。
勿論弱い部分は見せるものの普遍的、超然的で達観した存在の強烈な印象を観客に与えている。
特に印象的なのは「帰れって言われて、帰るようなヤツは、はよ帰れ!」のシークエンスと、ラストの電動車椅子からエンディングにかけては大変素晴らしい。
このラストが全てなのだろう。
何があっても変わらないジョゼが素晴らしい。
見るべきところが多い作品です。
機会がありましたら、是非観て見てください。
雀荘でアルバイトをする大学生の恒夫は、乳母車を押す謎の老婆の噂を耳にする。その乳母車の中身を知る者は誰もいないというのだ。
そんなある朝、恒夫は雀荘の店長に頼まれ、犬の散歩に出掛けると、坂道を転がり落ちてくる例の乳母車と遭遇する。
そして、恒夫が乳母車の中を覗くと、そこには包丁を持った少女ジョゼがいた。
脚が不自由で歩けないジョゼは、老婆に乳母車を押してもらい散歩をしていたのだ。
ジョゼと老婆に朝食を振舞われた恒夫は、彼女の不思議な魅力に次第に惹かれていく・・・・。
物語は、ジョゼという存在に感化され、成長する二人の男女(ここでは恒夫と香苗)を描いている。
勿論異論はあると思うが、ジョゼという存在は、この物語では言わば触媒として作用し、ジョゼにとっては、物語の前後で何ら変わったことは無い、と言えるのだ。
ジョゼの身辺に起きた幾つかの出来事は、ジョゼに変化をもたらす、というよりは、恒夫と香苗の成長とでも言うべき変化の要因となっているのだ。
そしてジョゼは普遍的で超然的な達観した存在として描かれている。
本作の監督は犬童一心。
学生時代から自主制作映画を撮り、ぴあフィルムフェスティバルに入選、その後CM制作、脚本家を経て商業映画の監督となっている、言わば自主制作映画あがりの王道を行っている監督であり、自主制作映画を志す若者の現実的なひとつの目標と言える監督である。
出演は恒夫に妻夫木聡、ジョゼに池脇千鶴。
香苗には上野樹里、ジョゼの祖母に新屋英子。
しかしなんと言っても池脇千鶴である。
勿論弱い部分は見せるものの普遍的、超然的で達観した存在の強烈な印象を観客に与えている。
特に印象的なのは「帰れって言われて、帰るようなヤツは、はよ帰れ!」のシークエンスと、ラストの電動車椅子からエンディングにかけては大変素晴らしい。
このラストが全てなのだろう。
何があっても変わらないジョゼが素晴らしい。
見るべきところが多い作品です。
機会がありましたら、是非観て見てください。
2004年2月2日〜4日、2泊3日で北海道へ行ってきた。
札幌市内は翌2月5日からはじまる「第55回さっぽろ雪まつり」の準備で大童である。
イラクへの自衛隊派遣問題を受け、自衛隊の雪まつりへの協力の拒否の可能性もあり、またテロへの厳戒態勢をしく、「第55回さっぽろ雪まつり」である。
「雪まつり」のメイン会場となる「大通公園」では既に雪像が出来上がり、警備員の「現在入場禁止です。」というアナウンスが流れていた。
一方「すすきの」では、氷像の準備で大童である。
雪像より賞味期間(?)が短い氷像は、前日の2月4日の深夜作業が重要なのである。
旅行自体は宴会に継ぐ宴会で、摂取カロリーオーバーなのである。
札幌市内は翌2月5日からはじまる「第55回さっぽろ雪まつり」の準備で大童である。
イラクへの自衛隊派遣問題を受け、自衛隊の雪まつりへの協力の拒否の可能性もあり、またテロへの厳戒態勢をしく、「第55回さっぽろ雪まつり」である。
「雪まつり」のメイン会場となる「大通公園」では既に雪像が出来上がり、警備員の「現在入場禁止です。」というアナウンスが流れていた。
一方「すすきの」では、氷像の準備で大童である。
雪像より賞味期間(?)が短い氷像は、前日の2月4日の深夜作業が重要なのである。
旅行自体は宴会に継ぐ宴会で、摂取カロリーオーバーなのである。
「銀座シネ・ラ・セット」閉館
2004年2月5日 映画2004年1月31日をもって、「銀座シネ・ラ・セット」が有楽町地区再開発計画に伴い閉館した。
「銀座シネ・ラ・セット」は配給会社シネカノンの(おそらく)直営の劇場で、内外の「良い映画」を多く上映していた。
ところで、シネカノンはご存知のように、新旧の意欲作・傑作・カルトムービーの配給に力を入れる孤高の配給会社である。
「銀座シネ・ラ・セット」劇場自体は定員159名と小さいながらに、邦画・洋画問わず秀作や意欲作を中心に上映し、また様々なカルト系のレイト・ショー等を行なうスピリッツ溢れる劇場だった。
特に「さようなら 銀座シネ・ラ・セット」と銘打った企画上映のラインナップは、燃え尽きる蝋燭の最後の輝き的怒涛の勢いを感じた。
そのラインナップを紹介すると、
「シュリ」
「アメリ」
「白い船」
「ウォレスとグルミット」
「ビリケン」
「太陽の誘い」
「ベルリン・天使の詩」
「風花」
「遠雷」
「マイ・スウィート・シェフィールド」
「逆噴射家族」
「すけべてんこもり/痴漢電車・下着検札」
「ボウリング・フォー・コロンバイン」
「未来世紀ブラジル」
「マイ・ネーム・イズ・ジョー」
「地雷を踏んだらサヨウナラ」
「ロッキー・ホラー・ショー」
「さよなら、クロ」
「ブラス!」
いかがであろうか。
「銀座シネ・ラ・セット」の閉館は、有楽町地区再開発計画に伴うもので、一時的な閉館と言うことらしい。早期の復活を期待したい。
「銀座シネ・ラ・セット」は配給会社シネカノンの(おそらく)直営の劇場で、内外の「良い映画」を多く上映していた。
ところで、シネカノンはご存知のように、新旧の意欲作・傑作・カルトムービーの配給に力を入れる孤高の配給会社である。
「銀座シネ・ラ・セット」劇場自体は定員159名と小さいながらに、邦画・洋画問わず秀作や意欲作を中心に上映し、また様々なカルト系のレイト・ショー等を行なうスピリッツ溢れる劇場だった。
特に「さようなら 銀座シネ・ラ・セット」と銘打った企画上映のラインナップは、燃え尽きる蝋燭の最後の輝き的怒涛の勢いを感じた。
そのラインナップを紹介すると、
「シュリ」
「アメリ」
「白い船」
「ウォレスとグルミット」
「ビリケン」
「太陽の誘い」
「ベルリン・天使の詩」
「風花」
「遠雷」
「マイ・スウィート・シェフィールド」
「逆噴射家族」
「すけべてんこもり/痴漢電車・下着検札」
「ボウリング・フォー・コロンバイン」
「未来世紀ブラジル」
「マイ・ネーム・イズ・ジョー」
「地雷を踏んだらサヨウナラ」
「ロッキー・ホラー・ショー」
「さよなら、クロ」
「ブラス!」
いかがであろうか。
「銀座シネ・ラ・セット」の閉館は、有楽町地区再開発計画に伴うもので、一時的な閉館と言うことらしい。早期の復活を期待したい。
「現金に体を張れ」、「2001年宇宙の旅<新世紀特別版>」
2004年2月6日 映画池袋「新文芸坐」の企画上映「魅惑のシネマクラシックス Vol.4」でスタンリー・キューブリック監督作品「現金に体を張れ」と同じく「2001年宇宙の旅<新世紀特別版>」を観た。
今回の企画上映「魅惑のシネマクラシックス Vol.4」のトリをつとめる作品である。
「2001年宇宙の旅」については、現在東京では年に2回ほどリバイバル上映があり、また個人的にはキューブリック・ファンなので、劇場で50回ほどは観ていると思うので、いまさら語るべき言葉は無い。
※ フィルム自体は前奏、休憩、後奏付きの所謂完全版だが、初期の<新世紀特別版>についていた冒頭のG指定の表記は無かった。
また、休憩時にはフィルムを物理的に止め、本当に休憩を入れていた。
しかし「現金に体を張れ」については状況が違うのだ。
実際、この映画のリバイバル上映はほとんど行われないため、今回の企画のおかげでわたしは劇場で本作「現金に体を張れ」を初めて観ることが出来たのである。
まあ、そういった意味で、感慨も一入なのである。
内容は、タランティーノの「レザボアドッグス」や「パルプ・フィクション」、または「メメント」、「アレックス」等多くの時系列を再構築した構成の作品等に多大なる影響を与え続けるクライム・サスペンスの傑作である。
物語は、刑務所から出所したばかりの主人公ジョニーは、競馬場の売上金強奪を企み、数名の仲間を集めはじめる。
周到な計画をたて、いよいよ売上金強奪決行の時が来、ジョニーの計画が成功したと思った瞬間、思わぬ展開がジョニーたちを待っていた・・・・。
そして構成は、仲間がアクションを起こした瞬間に、他の仲間の行動を時間を巻き戻し描写する、という構成を持っている。
これはタランティーノの「ジャッキー・ブラウン」と比較すると興味深いのだね。
映画としては、やはり脚本が良く出来ているし、撮影も良い、画面構成も良いし、俳優も良いし、ラストの幕切れも拍手喝采である。
ラストのふたりが、美味しいところを持って行ってしまうのも良い。
しかし何度も見直している内に気になってくるのは、とある仲間の悪妻の扱いである。
あまりにも周到な計画だと言うのに、はたしてジョニーがああいった凡ミスを犯すのかな、という点が物語のリアリティを少しだけ払拭してしまうような印象を受けるのだ。
あまりにも出来すぎている脚本のアラを探してしまうわたしなのである。
しかし、悪妻のシークエンスには、本当にイライラさせられてしまう。
つまり逆に言うと、悪妻のシークエンスは大成功だ、と言うことでもある。
今回の企画上映「魅惑のシネマクラシックス Vol.4」のトリをつとめる作品である。
「2001年宇宙の旅」については、現在東京では年に2回ほどリバイバル上映があり、また個人的にはキューブリック・ファンなので、劇場で50回ほどは観ていると思うので、いまさら語るべき言葉は無い。
※ フィルム自体は前奏、休憩、後奏付きの所謂完全版だが、初期の<新世紀特別版>についていた冒頭のG指定の表記は無かった。
また、休憩時にはフィルムを物理的に止め、本当に休憩を入れていた。
しかし「現金に体を張れ」については状況が違うのだ。
実際、この映画のリバイバル上映はほとんど行われないため、今回の企画のおかげでわたしは劇場で本作「現金に体を張れ」を初めて観ることが出来たのである。
まあ、そういった意味で、感慨も一入なのである。
内容は、タランティーノの「レザボアドッグス」や「パルプ・フィクション」、または「メメント」、「アレックス」等多くの時系列を再構築した構成の作品等に多大なる影響を与え続けるクライム・サスペンスの傑作である。
物語は、刑務所から出所したばかりの主人公ジョニーは、競馬場の売上金強奪を企み、数名の仲間を集めはじめる。
周到な計画をたて、いよいよ売上金強奪決行の時が来、ジョニーの計画が成功したと思った瞬間、思わぬ展開がジョニーたちを待っていた・・・・。
そして構成は、仲間がアクションを起こした瞬間に、他の仲間の行動を時間を巻き戻し描写する、という構成を持っている。
これはタランティーノの「ジャッキー・ブラウン」と比較すると興味深いのだね。
映画としては、やはり脚本が良く出来ているし、撮影も良い、画面構成も良いし、俳優も良いし、ラストの幕切れも拍手喝采である。
ラストのふたりが、美味しいところを持って行ってしまうのも良い。
しかし何度も見直している内に気になってくるのは、とある仲間の悪妻の扱いである。
あまりにも周到な計画だと言うのに、はたしてジョニーがああいった凡ミスを犯すのかな、という点が物語のリアリティを少しだけ払拭してしまうような印象を受けるのだ。
あまりにも出来すぎている脚本のアラを探してしまうわたしなのである。
しかし、悪妻のシークエンスには、本当にイライラさせられてしまう。
つまり逆に言うと、悪妻のシークエンスは大成功だ、と言うことでもある。
ハンターマウンテン塩原
2004年2月7日 スポーツ今シーズンのべ8日目のスキーは「ハンターマウンテン塩原スキー場」だった。
もともとの計画では関越自動車道方面のスキー場に行く予定だったのだが、7日未明、関越自動車道において11重衝突の自動車事故があり、渋滞が20キロ程伸びていた為、川越で関越自動車道を降り、急遽東北自動車道方面へ計画を変更、東北自動車道方面の近場で、ある程度の規模を持つ「ハンターマウンテン塩原スキー場」へ行く事になったのだ。
※ 8日の報道では4台の玉突き衝突で、そのうち1台が爆発炎上した、ということであるが、7日当日のラジオでは、11台の自動車が玉突き衝突した、という報道がなされていた。
で、「ハンターマウンテン塩原スキー場」であるが、まず客をさばくシステムがあまり良くないスキー場だった。
肝心のリフト兼売り場の案内が無いだけではなく、一般のスキー場のようにリフト乗り場近辺にリフト券売り場を設置するのではなく、屋内の一箇所に一極集中型のリフト券売り場を設置していた。
おそらく一見の客はリフト券売り場を発見できないのではないだろうか。
また駐車場からゲレンデへのアクセスの案内も無いため、どこに行けば良いのかわからない状況だったし、第5〜第8駐車場等からのゲレンデへのアクセスも良くない印象を受けた。
もし、スキー場において非常識的、非一般的なシステムを持っているならば、客にそれを案内し、告知する努力と方策が必要ではないかと考えるのだ。
また、ゲレンデの大半が初心者向けで、これもいまいちの感想を持った。
初心者のボーダー等にとっては、大変良いスキー場なのかも知れないが、周辺のスキー場の中では大規模なスキー場である以上、ある程度のレベル以上の客も満足できるようなゲレンデのレイアウトを期待するのだ。
結構厳しい事を言っている訳だが、わたし個人としてはスキーを楽しんだ事は否めない事実なのだ。
もともとの計画では関越自動車道方面のスキー場に行く予定だったのだが、7日未明、関越自動車道において11重衝突の自動車事故があり、渋滞が20キロ程伸びていた為、川越で関越自動車道を降り、急遽東北自動車道方面へ計画を変更、東北自動車道方面の近場で、ある程度の規模を持つ「ハンターマウンテン塩原スキー場」へ行く事になったのだ。
※ 8日の報道では4台の玉突き衝突で、そのうち1台が爆発炎上した、ということであるが、7日当日のラジオでは、11台の自動車が玉突き衝突した、という報道がなされていた。
で、「ハンターマウンテン塩原スキー場」であるが、まず客をさばくシステムがあまり良くないスキー場だった。
肝心のリフト兼売り場の案内が無いだけではなく、一般のスキー場のようにリフト乗り場近辺にリフト券売り場を設置するのではなく、屋内の一箇所に一極集中型のリフト券売り場を設置していた。
おそらく一見の客はリフト券売り場を発見できないのではないだろうか。
また駐車場からゲレンデへのアクセスの案内も無いため、どこに行けば良いのかわからない状況だったし、第5〜第8駐車場等からのゲレンデへのアクセスも良くない印象を受けた。
もし、スキー場において非常識的、非一般的なシステムを持っているならば、客にそれを案内し、告知する努力と方策が必要ではないかと考えるのだ。
また、ゲレンデの大半が初心者向けで、これもいまいちの感想を持った。
初心者のボーダー等にとっては、大変良いスキー場なのかも知れないが、周辺のスキー場の中では大規模なスキー場である以上、ある程度のレベル以上の客も満足できるようなゲレンデのレイアウトを期待するのだ。
結構厳しい事を言っている訳だが、わたし個人としてはスキーを楽しんだ事は否めない事実なのだ。
池袋「新文芸坐」による、「山崎豊子全集」の刊行を記念した『【シリーズ 作家と作品 Vol.1】山崎豊子全映画』という山崎豊子の原作小説の映画化作品全9作品を連続上映する企画で、「白い巨塔」と「ぼんち」を観た。
現在フジテレビ系で絶賛放映中の、『フジテレビ開局45周年記念ドラマ「白い巨塔」』の影響で、原作(新潮文庫版全5冊)を読み、噂に聞く田宮二郎主演の劇場版「白い巨塔」を観る事ができたのである。
しかし、『フジテレビ開局45周年記念ドラマ「白い巨塔」』の影響と言っても、わたしは実際2〜3回しか、唐沢寿明主演「白い巨塔」の放映を見ていない。
その乏しい経験からでも、唐沢寿明主演「白い巨塔」は、従来のテレビドラマの枠を超えた高水準のテレビドラマだと思ってはいるのだが、今回劇場版「白い巨塔」を観て感じたのは、唐沢寿明主演「白い巨塔」は、器は立派だが内容はチープだ、ということである。
派手な演出や、極端なキャラクターに惑わされてしまうが、本来ドラマに必要な「何か」がかけているような気がするのだ。
しかし、この劇場版「白い巨塔」より一般的に評価が高い、田宮二郎版テレビドラマ「白い巨塔」は、どれほど凄いのであろうか。機会があれば是非見たいものだ、といわざるを得ない。
因みに現在、田宮二郎版テレビドラマ「白い巨塔」のDVD−BOXは結構売れているらしい。
さて、劇場版「白い巨塔」であるが、当時「白い巨塔」として出版されていたのは、現在新潮文庫から出版されている第一巻〜第三巻部分で、「続・白い巨塔」として出版された部分(同新潮文庫第四巻〜第五巻)はまだ出版されておらず、この劇場版は新潮文庫で言うと第一巻〜第三巻部分の映画化、ということになる。
物語の骨子は、浪速大学第一外科教授選と誤診裁判第一審であり、ラストがそうなっていることもあり、正に田宮二郎(財前五郎)を主役としたピカレスク・ロマンの様相を呈している。
これは1970〜80年代に角川映画として製作された大藪春彦原作作品、松田優作主演作品のピカレスク・ロマンに通じるものを感じるのだ。
この劇場版「白い巨塔」の脚本の優れている点は、浪速大学第一外科教授選と誤診裁判第一審を同時進行させている点であろう。
これは劇場版の尺の問題もあるのだろうが、原作やテレビ・ドラマでは、教授選が一段落したところで、患者が死亡し誤診裁判へと続くのであるが、劇場版では教授選と誤診裁判を同時進行させることにより、物語の勢いを損なわずに、一気にエンディングまで持っていくパワーを感じる。
仮に、教授選と誤診裁判を映画の前半と後半に配置した場合、ラストまで緊張感が保てるかどうか、という不安が否めない。
今でこそ2時間超の尺を持つ映画は山ほどあるが、当時としては、観客に緊張感を持続させたまま、2時間30分という尺をこなすのは、大変な事だったのではないだろうか。
それを考えると、教授選と誤診裁判とが同時進行する脚本には、ある種敬服の念を持ってしまうのだ。
キャストとしては、田宮二郎の財前五郎は言うに及ばないが、脇を固める役者の鬼気迫る演技合戦は映画ファン冥利に尽きるのだ。
例えば石坂浩二が演じている東第一外科教授はなんと「水戸黄門」の東野英治郎があくの強い憎々しげな東教授を演じているし、江口洋介演じる里見第一内科助教授は、田村高廣が演じている、という具合に大御所役者が脇を固めているのだ。
東野英治郎は黒澤明の「用心棒」でも大きな役を演じているが、「水戸黄門」というより「用心棒」系の印象を受ける。
テレビドラマでは石坂浩二が演じる神経質で押しが弱いキャラクターであるが、東野英治郎演じる東第一外科教授は、教授選において最早黒幕というかフィクサーというか、恐ろしいほどに暗躍し、石坂浩二とは全く違った東第一外科教授を見せてくれる。
また、田村高廣演じる里見第一内科助教授はテレビドラマと比較すると役柄は小さいが、人々が実践できないが理想的名人物と考えるであろう人物を正面から演じている。現代人からすると時代錯誤的な役柄かもしれないが、本来人間が持っている正直で真面目で高邁で孤高な部分のエッセンスたる人物なのである。
更に特筆すべき印象を与えるのは、なんと言っても財前又一であろう。不勉強なもので、劇場版財前又一の役者の名前はわからないが、テレビドラマでは西田敏行がオーバーアクト気味で演じているのだが、劇場版では西田敏行の演技がかすむほどの強烈な印象を与えている。
※ 後日、財前又一を演じたのは、石山健二郎だと判明。
女優陣としては、財前五郎の愛人役の小川真由美は、テレビドラマの黒木瞳との格の違いを見せつけるし、東佐枝子役の藤村志保も矢田亜希子とは雲泥の差である。
思うに、テレビドラマ版「白い巨塔」は一部の俳優を除いて、俳優ではなくタレントであるのが問題なのではないだろうか。
まあ、わたしの言いたいのは、機会があったら是非劇場版「白い巨塔」を観てくれ、ということである。
現在フジテレビ系で絶賛放映中の、『フジテレビ開局45周年記念ドラマ「白い巨塔」』の影響で、原作(新潮文庫版全5冊)を読み、噂に聞く田宮二郎主演の劇場版「白い巨塔」を観る事ができたのである。
しかし、『フジテレビ開局45周年記念ドラマ「白い巨塔」』の影響と言っても、わたしは実際2〜3回しか、唐沢寿明主演「白い巨塔」の放映を見ていない。
その乏しい経験からでも、唐沢寿明主演「白い巨塔」は、従来のテレビドラマの枠を超えた高水準のテレビドラマだと思ってはいるのだが、今回劇場版「白い巨塔」を観て感じたのは、唐沢寿明主演「白い巨塔」は、器は立派だが内容はチープだ、ということである。
派手な演出や、極端なキャラクターに惑わされてしまうが、本来ドラマに必要な「何か」がかけているような気がするのだ。
しかし、この劇場版「白い巨塔」より一般的に評価が高い、田宮二郎版テレビドラマ「白い巨塔」は、どれほど凄いのであろうか。機会があれば是非見たいものだ、といわざるを得ない。
因みに現在、田宮二郎版テレビドラマ「白い巨塔」のDVD−BOXは結構売れているらしい。
さて、劇場版「白い巨塔」であるが、当時「白い巨塔」として出版されていたのは、現在新潮文庫から出版されている第一巻〜第三巻部分で、「続・白い巨塔」として出版された部分(同新潮文庫第四巻〜第五巻)はまだ出版されておらず、この劇場版は新潮文庫で言うと第一巻〜第三巻部分の映画化、ということになる。
物語の骨子は、浪速大学第一外科教授選と誤診裁判第一審であり、ラストがそうなっていることもあり、正に田宮二郎(財前五郎)を主役としたピカレスク・ロマンの様相を呈している。
これは1970〜80年代に角川映画として製作された大藪春彦原作作品、松田優作主演作品のピカレスク・ロマンに通じるものを感じるのだ。
この劇場版「白い巨塔」の脚本の優れている点は、浪速大学第一外科教授選と誤診裁判第一審を同時進行させている点であろう。
これは劇場版の尺の問題もあるのだろうが、原作やテレビ・ドラマでは、教授選が一段落したところで、患者が死亡し誤診裁判へと続くのであるが、劇場版では教授選と誤診裁判を同時進行させることにより、物語の勢いを損なわずに、一気にエンディングまで持っていくパワーを感じる。
仮に、教授選と誤診裁判を映画の前半と後半に配置した場合、ラストまで緊張感が保てるかどうか、という不安が否めない。
今でこそ2時間超の尺を持つ映画は山ほどあるが、当時としては、観客に緊張感を持続させたまま、2時間30分という尺をこなすのは、大変な事だったのではないだろうか。
それを考えると、教授選と誤診裁判とが同時進行する脚本には、ある種敬服の念を持ってしまうのだ。
キャストとしては、田宮二郎の財前五郎は言うに及ばないが、脇を固める役者の鬼気迫る演技合戦は映画ファン冥利に尽きるのだ。
例えば石坂浩二が演じている東第一外科教授はなんと「水戸黄門」の東野英治郎があくの強い憎々しげな東教授を演じているし、江口洋介演じる里見第一内科助教授は、田村高廣が演じている、という具合に大御所役者が脇を固めているのだ。
東野英治郎は黒澤明の「用心棒」でも大きな役を演じているが、「水戸黄門」というより「用心棒」系の印象を受ける。
テレビドラマでは石坂浩二が演じる神経質で押しが弱いキャラクターであるが、東野英治郎演じる東第一外科教授は、教授選において最早黒幕というかフィクサーというか、恐ろしいほどに暗躍し、石坂浩二とは全く違った東第一外科教授を見せてくれる。
また、田村高廣演じる里見第一内科助教授はテレビドラマと比較すると役柄は小さいが、人々が実践できないが理想的名人物と考えるであろう人物を正面から演じている。現代人からすると時代錯誤的な役柄かもしれないが、本来人間が持っている正直で真面目で高邁で孤高な部分のエッセンスたる人物なのである。
更に特筆すべき印象を与えるのは、なんと言っても財前又一であろう。不勉強なもので、劇場版財前又一の役者の名前はわからないが、テレビドラマでは西田敏行がオーバーアクト気味で演じているのだが、劇場版では西田敏行の演技がかすむほどの強烈な印象を与えている。
※ 後日、財前又一を演じたのは、石山健二郎だと判明。
女優陣としては、財前五郎の愛人役の小川真由美は、テレビドラマの黒木瞳との格の違いを見せつけるし、東佐枝子役の藤村志保も矢田亜希子とは雲泥の差である。
思うに、テレビドラマ版「白い巨塔」は一部の俳優を除いて、俳優ではなくタレントであるのが問題なのではないだろうか。
まあ、わたしの言いたいのは、機会があったら是非劇場版「白い巨塔」を観てくれ、ということである。
池袋「新文芸坐」の「山崎豊子全映画」で、「白い巨塔」と「ぼんち」を観た。
で「ぼんち」であるが、いきなり余談だが、1970〜80年代に一世を風靡した「ザ・ぼんち」の「ぼんち」は、映画「ぼんち」と同じ意味だったのかと思ったりしています。
「ぼんち」とは、若だんな。坊ちゃん。ぼんぼん等の意で、主に関西地方で用いる語だそうである。
が、しかし本来の意味では「ぼんち」の意味は表面上の「ぼんぼん」ではなく、人一倍放蕩はするが、結局はその放蕩がビジネス上の帳尻を合わせる「ぼんぼん」なのだ。
物語は、四代続いた船場の足袋問屋河内屋の一人息子喜久治(市川雷蔵)の放蕩人生を老いた喜久治が振り返る、という形態を持っている。
その喜久治の放蕩人生を彩るのは、若尾文子(ぽん太)、中村玉緒(弘子)、草笛光子(幾子)、越路吹雪(比佐子)、山田五十鈴(勢以)という豪華女優陣。
スタッフは撮影に宮川一夫、音楽は芥川也寸志、そして監督は世界の市川崑である。
市川雷蔵と言えばなんと言っても時代劇俳優としての出演作が多く、またその時代劇俳優として評価されているのだが、本作「ぼんち」の喜久治役はそういった役柄ではなく、船場の足袋問屋河内屋の一人息子訳が新境地というか、意表をついているというか、良い役を楽しげに演じている。
こういった時代劇というコスチューム・プレイや眠狂四郎のような極端なキャラクターではなく、普通の役の市川雷蔵に興味津々津々浦々なのだ。
また、婿養子続きの河内屋の最後の婿養子である喜久治の父を演じる船越英二も良い仕事をしている。
女優陣は皆魅力的で素晴らしい。
後年の市川崑の金田一耕介シリーズの女優の使い方は、かつてのこんな作品の影響なのかと思ってしまう。
「ぼんち」の翌年の「黒い十人の女」でもそうですが、市川崑の映画は女優陣が凄いです。正にオールスター・キャストなのです。
市川崑の秀作で、市川雷蔵の意欲作でもある本作。機会があれば是非観ていただきたい作品である。
で「ぼんち」であるが、いきなり余談だが、1970〜80年代に一世を風靡した「ザ・ぼんち」の「ぼんち」は、映画「ぼんち」と同じ意味だったのかと思ったりしています。
「ぼんち」とは、若だんな。坊ちゃん。ぼんぼん等の意で、主に関西地方で用いる語だそうである。
が、しかし本来の意味では「ぼんち」の意味は表面上の「ぼんぼん」ではなく、人一倍放蕩はするが、結局はその放蕩がビジネス上の帳尻を合わせる「ぼんぼん」なのだ。
物語は、四代続いた船場の足袋問屋河内屋の一人息子喜久治(市川雷蔵)の放蕩人生を老いた喜久治が振り返る、という形態を持っている。
その喜久治の放蕩人生を彩るのは、若尾文子(ぽん太)、中村玉緒(弘子)、草笛光子(幾子)、越路吹雪(比佐子)、山田五十鈴(勢以)という豪華女優陣。
スタッフは撮影に宮川一夫、音楽は芥川也寸志、そして監督は世界の市川崑である。
市川雷蔵と言えばなんと言っても時代劇俳優としての出演作が多く、またその時代劇俳優として評価されているのだが、本作「ぼんち」の喜久治役はそういった役柄ではなく、船場の足袋問屋河内屋の一人息子訳が新境地というか、意表をついているというか、良い役を楽しげに演じている。
こういった時代劇というコスチューム・プレイや眠狂四郎のような極端なキャラクターではなく、普通の役の市川雷蔵に興味津々津々浦々なのだ。
また、婿養子続きの河内屋の最後の婿養子である喜久治の父を演じる船越英二も良い仕事をしている。
女優陣は皆魅力的で素晴らしい。
後年の市川崑の金田一耕介シリーズの女優の使い方は、かつてのこんな作品の影響なのかと思ってしまう。
「ぼんち」の翌年の「黒い十人の女」でもそうですが、市川崑の映画は女優陣が凄いです。正にオールスター・キャストなのです。
市川崑の秀作で、市川雷蔵の意欲作でもある本作。機会があれば是非観ていただきたい作品である。
さがみ湖ピクニックランド
2004年2月11日 スポーツMTB(マウンテンバイク)の企画で「さがみ湖ピクニックランド」に行って来た。
関東圏でMTBの常設コースを設置している場所はそれほど多くないが、この「さがみ湖ピクニックランド」の常設MTBコースは規模も比較的大きく、上級者でも結構楽しめる良いコースである。
また、公園内にあるコースということもあり、周回距離が短く、また分岐も多く、レベルに合わせたコース選択が可能なコースとなっている。
今回の企画には初心者が多数いた関係で、長距離のツーリングを行なうわけにもいかず、「さがみ湖ピクニックランド」を利用することにしたのだ。
しかし、久しぶりに行ってみると、以前と比べて料金体系が変更になり、従来は徴収されていなかった「入園料」が徴収されるようになってしまった。
その気になる料金体系は、
1,400円 入園料(一人あたり)
1,000円 駐車場(一台あたり)
1,000円 MTBコース使用料(一人あたり)
となり、コースの割に高額な遊びとなってしまっている。
おそらく、この料金だと今後の利用頻度は低くなるのではないだろうか。
関東圏でMTBの常設コースを設置している場所はそれほど多くないが、この「さがみ湖ピクニックランド」の常設MTBコースは規模も比較的大きく、上級者でも結構楽しめる良いコースである。
また、公園内にあるコースということもあり、周回距離が短く、また分岐も多く、レベルに合わせたコース選択が可能なコースとなっている。
今回の企画には初心者が多数いた関係で、長距離のツーリングを行なうわけにもいかず、「さがみ湖ピクニックランド」を利用することにしたのだ。
しかし、久しぶりに行ってみると、以前と比べて料金体系が変更になり、従来は徴収されていなかった「入園料」が徴収されるようになってしまった。
その気になる料金体系は、
1,400円 入園料(一人あたり)
1,000円 駐車場(一台あたり)
1,000円 MTBコース使用料(一人あたり)
となり、コースの割に高額な遊びとなってしまっている。
おそらく、この料金だと今後の利用頻度は低くなるのではないだろうか。
「白い巨塔」のレビューは、
http://diarynote.jp/d/29346/20040209.html
です。
■当ブログの仕様で、トラックバックURLの日時がずれる事があります。
当コメントは、そのずれた日時の修正のためのコメントです。
トラックバック先からリンクされて来た方は、
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をご覧ください。
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ホンダ・アメリカ 「ELEMENT」 + アフィリエイト・システム
2004年2月20日 日常
随分前に自動車購入計画のお話をしたのだが、憶えていらっしゃる方はおられるだろうか。
まあ自動車結果的には、2003年12月中旬にホンダ・アメリカの「ELEMENT」を購入したのである。
で、今日の日記はその「ELEMENT」を購入した後のお話、ということではなく、ここ「DiaryNote」のアフィリエイト・システムについてである。
2004年2月より、ここ「DiaryNote」のシステムが大幅に変更になった。
そして、今日のお話は、最近多くの方々が利用している「レビュー」システムなのである。
このシステムとは日記を書く際に、「レビュー」を選択すると、その日の日記に自分が「レビュー」する製品(商品)の画像が貼り付けられるというものである。
例えば映画のレビューをする場合は、Amazon.co.jpや楽天市場に登録されている、DVDのパッケージやポスターの画像が今日の日記に貼り付けられる、ということになっているのである。
一見すると、今日の「レビュー」に「レビュー」する商品の画像が貼ってあると、なんだか見映えも良いし、その商品の詳細情報(例えば、あらすじ、価格、販売元・・・・)も勝手に本文内に貼り付けられてくる。
なんだか素敵なシステムである。
しかし、その画像をマウスでポイントした状態でリンク先をよく見ると、なんだか不思議な文字列が入っているのだ。ただのリンクではないぞ。
例えばリンク先が、Amazon.co.jp 内の商品だとすると /diarynote-22/ という文字列が挿入されているのだ。
これは、実はここ「DiaryNote」からリンク先の商品へ飛んだというリンク元のキーであり、そのリンク元のキーを集計する事により、リンク先によっては、クリックされた数により、またはその商品が購入された数により、ここ「DiaryNote」に収益をもたらすシステムになっているのだ。
だからどうだ、という訳ではないが、そういったシステムを知らず知らずに、便利だから見映えが良いから、ということで使わされている、という危惧もあるのだよ、諸君!
※ 今回の「ELEMENT」の画像は、楽天市場の商品を使用していますが、楽天市場のアフイリエイト・システムのIDは乱数になっているのでわかりずらいです。
Amazon.co.jp の商品を使用して、今日の日記を書けばよかったですね。
まあ自動車結果的には、2003年12月中旬にホンダ・アメリカの「ELEMENT」を購入したのである。
で、今日の日記はその「ELEMENT」を購入した後のお話、ということではなく、ここ「DiaryNote」のアフィリエイト・システムについてである。
2004年2月より、ここ「DiaryNote」のシステムが大幅に変更になった。
そして、今日のお話は、最近多くの方々が利用している「レビュー」システムなのである。
このシステムとは日記を書く際に、「レビュー」を選択すると、その日の日記に自分が「レビュー」する製品(商品)の画像が貼り付けられるというものである。
例えば映画のレビューをする場合は、Amazon.co.jpや楽天市場に登録されている、DVDのパッケージやポスターの画像が今日の日記に貼り付けられる、ということになっているのである。
一見すると、今日の「レビュー」に「レビュー」する商品の画像が貼ってあると、なんだか見映えも良いし、その商品の詳細情報(例えば、あらすじ、価格、販売元・・・・)も勝手に本文内に貼り付けられてくる。
なんだか素敵なシステムである。
しかし、その画像をマウスでポイントした状態でリンク先をよく見ると、なんだか不思議な文字列が入っているのだ。ただのリンクではないぞ。
例えばリンク先が、Amazon.co.jp 内の商品だとすると /diarynote-22/ という文字列が挿入されているのだ。
これは、実はここ「DiaryNote」からリンク先の商品へ飛んだというリンク元のキーであり、そのリンク元のキーを集計する事により、リンク先によっては、クリックされた数により、またはその商品が購入された数により、ここ「DiaryNote」に収益をもたらすシステムになっているのだ。
だからどうだ、という訳ではないが、そういったシステムを知らず知らずに、便利だから見映えが良いから、ということで使わされている、という危惧もあるのだよ、諸君!
※ 今回の「ELEMENT」の画像は、楽天市場の商品を使用していますが、楽天市場のアフイリエイト・システムのIDは乱数になっているのでわかりずらいです。
Amazon.co.jp の商品を使用して、今日の日記を書けばよかったですね。
第27回日本アカデミー賞授賞式
2004年2月21日 映画第27回日本アカデミー賞の授賞式が20日、東京で行なわれた。
今年で27回目の日本アカデミー賞授賞式が地上波で放映された。
批判ばかりしていても仕方が無いのだが、相変わらず最低な演出で悲しい気分になってしまう。
わたしの記憶では(誤っている可能性があります。)、
日本アカデミー賞は、20年以上前アメリカのアカデミー賞に匹敵する賞を創出することを目的とし、米アカデミー賞を模倣、映画評論家の水野晴朗等が提唱し日本映画界に働きかけ日本テレビの提供で発足した賞らしい。
日本アカデミー賞発足時に水野晴朗は、映画評論家淀川長治に協力を求めた。淀川長治は主旨を聞き、「日本独自の賞をつくるのなら協力は惜しまないが、外国の賞を模倣するとは何事だ。」と激怒したらしい。
日本アカデミー賞の目的は、オフィシャルサイトによると、「わが国の映画芸術、技術、科学の向上発展にあります。また、その年度の該当者に栄誉を与えると共に、日本アカデミー賞協会の行う諸事業を通じて、会員相互の親睦ならびに海外映画人との交流を計り、わが国映画界の振興に寄与しています。」だそうです。
私の記憶では、日本アカデミー賞のアカデミーには意味が無く。日本アカデミー賞を選考するために日本アカデミー賞協会がつくられたようである。また、全受賞者に贈られる像「映画神像」(通称:流ブロンズ)もオスカーの物真似のような気がします。
どこが最低かと言えば、数え上げればキリがないが、演出が最低である。人類の構築した映像と音楽の複合芸術であり最高の娯楽形態のひとつである映画に対する賞の演出としてはお粗末で、真摯な態度が欠如している。映画を愛する日本人として深い失望と羞恥を感じる。
日本映画界の日本独自の権威ある映画賞の創出の気持ちは解らないではないが、何とかならないのであろうか。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
気になった点です。
批判ばかりしていても仕方が無いのですが・・・・。
日本の文化の低さを世界中に露呈しているようで悲しくなってしまうのです。
1.MC役
一言で言って酷い。
何故起用されているか不思議である。
2.壇上の質問係
映画を理解しないで、話題性だけで質問が考えられている。
受賞者の受賞作品の関係者ならともかく、かつてのテレビ・ドラマの共演者にマイクを振るなど、言語道断であろう。
3.音楽
ほとんど音楽がはいっていない。
司会進行、MC等のセリフだけで間が持たないのだから、音楽で少しは誤魔化してはどうだろうか。
4.VTR
かつての作品のVTRを入れすぎである。
かつての作品が素晴らしいのは周知のことである。かつての作品ではなく、現在の作品を紹介すべきであろう。
5.受賞者の紹介に温度差がある。
全ての受賞者に公平に紹介VTRをつくって欲しい。
または公平にインタビューを行なって欲しい。
最優秀賞を受賞するであろう人とその対抗とされている人の紹介VTRや質問が多く、他の受賞者との温度差がある。
6.うちわ受けはやめてくれ。
宮沢りえの真田広之に対する「プレゼンターの清兵衛さま、ありがとうございました。」は良いとして、テレビ番組を念頭においた「うちわ受け」や「話題性を根底に置いたインタビュー」は、なんとも悲しくなってしまう。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
ところで、外枠はともかく、稼動している以上「日本アカデミー賞」は一応日本映画界最高の賞ということですが、今回の受賞者はほぼ順当と言っていいのではないだろうか。
賞の演出は最低であるが、受賞した映画やキャスト、スタッフが最低ということではない。
皆さん素晴らしい仕事をしているのは事実なのである。
頑張れ!「日本アカデミー賞」!
来年こそは素晴らしい授賞式を期待しているぞ!!
今年で27回目の日本アカデミー賞授賞式が地上波で放映された。
批判ばかりしていても仕方が無いのだが、相変わらず最低な演出で悲しい気分になってしまう。
わたしの記憶では(誤っている可能性があります。)、
日本アカデミー賞は、20年以上前アメリカのアカデミー賞に匹敵する賞を創出することを目的とし、米アカデミー賞を模倣、映画評論家の水野晴朗等が提唱し日本映画界に働きかけ日本テレビの提供で発足した賞らしい。
日本アカデミー賞発足時に水野晴朗は、映画評論家淀川長治に協力を求めた。淀川長治は主旨を聞き、「日本独自の賞をつくるのなら協力は惜しまないが、外国の賞を模倣するとは何事だ。」と激怒したらしい。
日本アカデミー賞の目的は、オフィシャルサイトによると、「わが国の映画芸術、技術、科学の向上発展にあります。また、その年度の該当者に栄誉を与えると共に、日本アカデミー賞協会の行う諸事業を通じて、会員相互の親睦ならびに海外映画人との交流を計り、わが国映画界の振興に寄与しています。」だそうです。
私の記憶では、日本アカデミー賞のアカデミーには意味が無く。日本アカデミー賞を選考するために日本アカデミー賞協会がつくられたようである。また、全受賞者に贈られる像「映画神像」(通称:流ブロンズ)もオスカーの物真似のような気がします。
どこが最低かと言えば、数え上げればキリがないが、演出が最低である。人類の構築した映像と音楽の複合芸術であり最高の娯楽形態のひとつである映画に対する賞の演出としてはお粗末で、真摯な態度が欠如している。映画を愛する日本人として深い失望と羞恥を感じる。
日本映画界の日本独自の権威ある映画賞の創出の気持ちは解らないではないが、何とかならないのであろうか。
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気になった点です。
批判ばかりしていても仕方が無いのですが・・・・。
日本の文化の低さを世界中に露呈しているようで悲しくなってしまうのです。
1.MC役
一言で言って酷い。
何故起用されているか不思議である。
2.壇上の質問係
映画を理解しないで、話題性だけで質問が考えられている。
受賞者の受賞作品の関係者ならともかく、かつてのテレビ・ドラマの共演者にマイクを振るなど、言語道断であろう。
3.音楽
ほとんど音楽がはいっていない。
司会進行、MC等のセリフだけで間が持たないのだから、音楽で少しは誤魔化してはどうだろうか。
4.VTR
かつての作品のVTRを入れすぎである。
かつての作品が素晴らしいのは周知のことである。かつての作品ではなく、現在の作品を紹介すべきであろう。
5.受賞者の紹介に温度差がある。
全ての受賞者に公平に紹介VTRをつくって欲しい。
または公平にインタビューを行なって欲しい。
最優秀賞を受賞するであろう人とその対抗とされている人の紹介VTRや質問が多く、他の受賞者との温度差がある。
6.うちわ受けはやめてくれ。
宮沢りえの真田広之に対する「プレゼンターの清兵衛さま、ありがとうございました。」は良いとして、テレビ番組を念頭においた「うちわ受け」や「話題性を根底に置いたインタビュー」は、なんとも悲しくなってしまう。
=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=*=
ところで、外枠はともかく、稼動している以上「日本アカデミー賞」は一応日本映画界最高の賞ということですが、今回の受賞者はほぼ順当と言っていいのではないだろうか。
賞の演出は最低であるが、受賞した映画やキャスト、スタッフが最低ということではない。
皆さん素晴らしい仕事をしているのは事実なのである。
頑張れ!「日本アカデミー賞」!
来年こそは素晴らしい授賞式を期待しているぞ!!
結婚式ビデオ編集 その1
2004年2月23日 自主制作映像作品以前お話した通り、2004年1月31日に友人が結婚しまして、その挙式から披露パーティまでを5台のカメラで撮影しましたが、先日その新郎新婦が新婚旅行から帰ってきたということで、大量のminiDVテープが送られてきました。
今回の制作プランは、5〜10分程度の長さの作品を5〜7本位制作し、それらをまとめてオーサリングし、DVDビデオとして体裁を整えるというものです。現在DVDのジャケットを作るかどうかは未定ですが、作らざるを得ないかな、と思っています。
撮影素材の状況は、先日お話したように、音声を他メディアで別録していないので、音声はDVカメラの音声を生かすしかないので、所謂プロモーションビデオのような作品か、ナレーションやテロップを多用する作品になるのかなと思っています。
さて、制作過程ですが、前述のようにDVテープが大量にあるので、先ずDVテープの分類から始めることにしました。
DVテープを流し見しながら分類し、
1.挙式
2.挙式以外
に分類しました。
これは、やはりなんと言っても、挙式の部分から編集をはじめようと思ったからです。
分類したところ挙式部分のDVテープは5本あり(固定カメラ2台、移動カメラ3台)、それを取りあえずDVD-Rにダビングして見ると、ほぼ2時間の映像素材があることがわかりました。
取りあえず、一本目の作品のコンセプトは、映像部分の音声は全て落とし、既成の楽曲を元に、その楽曲にあわせて映像をはめ込んでいく、という所謂プロモーションビデオ風の作品にすることにします。
既成の楽曲を使用する、ということは、基本的に著作権法上問題があるのですが、今回は上映も放映もしない、私的使用(個人的または家庭内その他これに準ずる範囲での使用)で楽しむ作品ですので、権利上の問題は無いことにします。
映像素材をキャプチャーする元気はなかったので、既成の楽曲のイントロ部分にタイトル・カードを何枚か作って並べてみました。フェード・イン、フェード・アウトのタイミングを合わせただけで、今日はおしまいです。
(社)日本音楽著作権協会(JASRAC)
http://www.jasrac.or.jp/
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今回の制作プランは、5〜10分程度の長さの作品を5〜7本位制作し、それらをまとめてオーサリングし、DVDビデオとして体裁を整えるというものです。現在DVDのジャケットを作るかどうかは未定ですが、作らざるを得ないかな、と思っています。
撮影素材の状況は、先日お話したように、音声を他メディアで別録していないので、音声はDVカメラの音声を生かすしかないので、所謂プロモーションビデオのような作品か、ナレーションやテロップを多用する作品になるのかなと思っています。
さて、制作過程ですが、前述のようにDVテープが大量にあるので、先ずDVテープの分類から始めることにしました。
DVテープを流し見しながら分類し、
1.挙式
2.挙式以外
に分類しました。
これは、やはりなんと言っても、挙式の部分から編集をはじめようと思ったからです。
分類したところ挙式部分のDVテープは5本あり(固定カメラ2台、移動カメラ3台)、それを取りあえずDVD-Rにダビングして見ると、ほぼ2時間の映像素材があることがわかりました。
取りあえず、一本目の作品のコンセプトは、映像部分の音声は全て落とし、既成の楽曲を元に、その楽曲にあわせて映像をはめ込んでいく、という所謂プロモーションビデオ風の作品にすることにします。
既成の楽曲を使用する、ということは、基本的に著作権法上問題があるのですが、今回は上映も放映もしない、私的使用(個人的または家庭内その他これに準ずる範囲での使用)で楽しむ作品ですので、権利上の問題は無いことにします。
映像素材をキャプチャーする元気はなかったので、既成の楽曲のイントロ部分にタイトル・カードを何枚か作って並べてみました。フェード・イン、フェード・アウトのタイミングを合わせただけで、今日はおしまいです。
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「猟奇的な彼女」の監督クァク・ジェヨンの新作「ラブストーリー」を観た。
現在巷では、「ラブ・・・・・・」と言えば「ラブ・アクチュアリー」なのだが、「猟奇的な彼女」好きのわたしてしては、クァク・ジェヨンの新作を押さえるべく「ラブストーリー」を観ることにしたのだ。
演劇部のサンミンにあこがれる女子大生ジヘ。
ジヘは、同じくサンミンに想いを寄せる強引で自己中心的な友人スギョンからサンミンへのメールの代筆を頼まれ引き受けてしまう。
複雑な想いで代筆を続けるジヘは家の中で母の日記帳と沢山の手紙が入った木箱を見つける。
それらの手紙と日記帳に目を通すうち、ジヘは母の切ない初恋の物語を知ることになる。
母の日記帳を読み進めていくうち、ジヘはかつての母を取り巻く環境と自分のそれに奇妙な類似点があることに気付く。そして・・・・。
素直な感想としては、良い映画だった。というものである。
物語の構成は、母と娘を取り巻く二組の恋の行方を縦軸に、韓国の近代史を横軸とした物語で、誤解を恐れずに言わせてもらえば、『韓国版「フォレスト・ガンプ」大林宣彦仕立て』というような印象を受けた。
または、かつての母親と父親の伝説的恋愛を息子が振り返るチャン・イーモウの「初恋のきた道」のような構成を持った作品でもある。
個人的には、時をも超越するような壮大で運命的な伏線に魅力を感じるわたしにとっては、大変素晴らしい作品に感じられた。
前作の「猟奇的な彼女」についても、話題は細かいプロット先行だった訳だが、実際は大きな伏線が見事にリンクする作品だったが、この伏線の扱いが、もしかするとクァク・ジェヨンの嗜好なのかもしれない。
さて、脚本であるが大本の脚本は良く練られており好感が持てるのだが、細かいプロットの処理に手が回っていない印象も否定できない。
例えば「ジヘのテコンドー」や「音楽に関する伏線」または「テスの倒れ癖」等については、もしかしたらその伏線を生かすシーンやシークエンスがあったのだが、結果的に本編からカットされたのではないかと、邪推してしまうような状況である。
また、音楽のラストにクレジットされていたサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」はわたしの記憶では本編では使われていなかったのではないかな。(自信なし。)
※ これはカットされているシークエンスがあるのではないか、という論拠として。
ところで気になったのは、ジヘの母親ジュヒのパートのジュヒとジュナとテスのシークエンスの恋模様は、あまりにも前時代的で(正にクラシック)ちょっとついていけない部分があった。
年齢設定上はおそらく1960〜70年代の高校生〜大学生あたりだと思うのだが、あのようにピュアな恋愛模様だとすると、当時の中学生あたりの恋愛模様ではないかと思ってしまう。それでいて、大人の恋的シークエンスが共存しているあたりに、違和感を感じてしまうのだ。
勿論その辺は原題"THE CLASSIC"が示すように確信犯的なものなのであろうが、現代には受け入れられないほどの違和感を感じた。
これが13〜14歳時代だったとすれば、違和感は少ないのだが・・・・。
キャストについては、物語の構成上、主要登場人物は全て同年代の若手俳優であり、若手だけで見せる作品としても評価すべき作品かもしれない。
取りあえず若手主要キャストを紹介すると、
ソン・イェジン (ジへ役/ジュヒ役)
チョ・スンウ (ジュナ役)
チョ・インソン (サンミン役)
イ・ギウ (テス役)
イ・サンイン (スギョン役)
キャストとしてはなんと言ってもジヘとジヘの母の二役をこなしたソン・イェジンであろう。第一印象的には、古典的でパッとしない印象なのだが、物語が進むと共に感情移入の度合のせいかか、一際輝いて見えてくるのである。古典的普遍的、母親的印象なのだろうか。
ジヘの自己中な友人スギョンを小憎らしく演じたのはイ・サンイン。現代韓国のステレオタイプ的な若者像なのだろうか、上っ面だけの自己中なキャラクターを見事に演じている。
男性陣はジュナの悪友テス役のイ・ギウが良かった。
なんだかんだ言っても、3人の男性陣の中では、役者として美味しいところをひとりで持って行ってしまっている。
ジュナを演じたチョ・スンウは少年的な清純でピュアなところが良かったと思うのだが、そのルックスに似合わない大人の恋的シークエンスがあるため、若干の違和感が否めない。
サンミンを演じたチョ・インソンは、なんとも釈然としない、はっきりしない、優柔不断なキャラクターだったが、実は本編の鍵を握る重要なキャラクターである。ジヘとのからみが良い雰囲気である。
さて、物語の根幹となる最重要なポイント(事実)については、何度か伏線が入っており、観客に対しては比較的明らかなのであるが、「サンミンがその事実に気付いたのは何時か」を考えると非常に楽しいのではないかと思うのだ。
現在巷では、「ラブ・・・・・・」と言えば「ラブ・アクチュアリー」なのだが、「猟奇的な彼女」好きのわたしてしては、クァク・ジェヨンの新作を押さえるべく「ラブストーリー」を観ることにしたのだ。
演劇部のサンミンにあこがれる女子大生ジヘ。
ジヘは、同じくサンミンに想いを寄せる強引で自己中心的な友人スギョンからサンミンへのメールの代筆を頼まれ引き受けてしまう。
複雑な想いで代筆を続けるジヘは家の中で母の日記帳と沢山の手紙が入った木箱を見つける。
それらの手紙と日記帳に目を通すうち、ジヘは母の切ない初恋の物語を知ることになる。
母の日記帳を読み進めていくうち、ジヘはかつての母を取り巻く環境と自分のそれに奇妙な類似点があることに気付く。そして・・・・。
素直な感想としては、良い映画だった。というものである。
物語の構成は、母と娘を取り巻く二組の恋の行方を縦軸に、韓国の近代史を横軸とした物語で、誤解を恐れずに言わせてもらえば、『韓国版「フォレスト・ガンプ」大林宣彦仕立て』というような印象を受けた。
または、かつての母親と父親の伝説的恋愛を息子が振り返るチャン・イーモウの「初恋のきた道」のような構成を持った作品でもある。
個人的には、時をも超越するような壮大で運命的な伏線に魅力を感じるわたしにとっては、大変素晴らしい作品に感じられた。
前作の「猟奇的な彼女」についても、話題は細かいプロット先行だった訳だが、実際は大きな伏線が見事にリンクする作品だったが、この伏線の扱いが、もしかするとクァク・ジェヨンの嗜好なのかもしれない。
さて、脚本であるが大本の脚本は良く練られており好感が持てるのだが、細かいプロットの処理に手が回っていない印象も否定できない。
例えば「ジヘのテコンドー」や「音楽に関する伏線」または「テスの倒れ癖」等については、もしかしたらその伏線を生かすシーンやシークエンスがあったのだが、結果的に本編からカットされたのではないかと、邪推してしまうような状況である。
また、音楽のラストにクレジットされていたサイモン&ガーファンクルの「サウンド・オブ・サイレンス」はわたしの記憶では本編では使われていなかったのではないかな。(自信なし。)
※ これはカットされているシークエンスがあるのではないか、という論拠として。
ところで気になったのは、ジヘの母親ジュヒのパートのジュヒとジュナとテスのシークエンスの恋模様は、あまりにも前時代的で(正にクラシック)ちょっとついていけない部分があった。
年齢設定上はおそらく1960〜70年代の高校生〜大学生あたりだと思うのだが、あのようにピュアな恋愛模様だとすると、当時の中学生あたりの恋愛模様ではないかと思ってしまう。それでいて、大人の恋的シークエンスが共存しているあたりに、違和感を感じてしまうのだ。
勿論その辺は原題"THE CLASSIC"が示すように確信犯的なものなのであろうが、現代には受け入れられないほどの違和感を感じた。
これが13〜14歳時代だったとすれば、違和感は少ないのだが・・・・。
キャストについては、物語の構成上、主要登場人物は全て同年代の若手俳優であり、若手だけで見せる作品としても評価すべき作品かもしれない。
取りあえず若手主要キャストを紹介すると、
ソン・イェジン (ジへ役/ジュヒ役)
チョ・スンウ (ジュナ役)
チョ・インソン (サンミン役)
イ・ギウ (テス役)
イ・サンイン (スギョン役)
キャストとしてはなんと言ってもジヘとジヘの母の二役をこなしたソン・イェジンであろう。第一印象的には、古典的でパッとしない印象なのだが、物語が進むと共に感情移入の度合のせいかか、一際輝いて見えてくるのである。古典的普遍的、母親的印象なのだろうか。
ジヘの自己中な友人スギョンを小憎らしく演じたのはイ・サンイン。現代韓国のステレオタイプ的な若者像なのだろうか、上っ面だけの自己中なキャラクターを見事に演じている。
男性陣はジュナの悪友テス役のイ・ギウが良かった。
なんだかんだ言っても、3人の男性陣の中では、役者として美味しいところをひとりで持って行ってしまっている。
ジュナを演じたチョ・スンウは少年的な清純でピュアなところが良かったと思うのだが、そのルックスに似合わない大人の恋的シークエンスがあるため、若干の違和感が否めない。
サンミンを演じたチョ・インソンは、なんとも釈然としない、はっきりしない、優柔不断なキャラクターだったが、実は本編の鍵を握る重要なキャラクターである。ジヘとのからみが良い雰囲気である。
さて、物語の根幹となる最重要なポイント(事実)については、何度か伏線が入っており、観客に対しては比較的明らかなのであるが、「サンミンがその事実に気付いたのは何時か」を考えると非常に楽しいのではないかと思うのだ。
結婚式ビデオ編集 その2
2004年2月27日 自主制作映像作品先日、結婚した友人サイドから結婚式関係の大量のビデオテープ(miniDV)が送られて来て、編集に備えてそれを分類したことをお知らせしたのだが、その際、チャペルでの挙式部分を最初に編集をしようと思っている旨をお知らせしたのだが、早くも計画変更なのだ。
と言うのも、挙式部分の映像に、ふたりの新婚生活の中、ふたりはバラバラの行動(例えば、新郎:サラリーマン生活 新婦:主婦生活)を取っているが、実際は常に相手の事を思っているのだよ、という映像を個別に撮影し、それらと挙式の映像をモンタージュして一本の作品に仕上げたくなってしまったのである。まあそうなれば、少なくてもただの記録映像よりはエモーショナルであろう。
しかし、と言う事は、追加撮影の必要が出てきたため、挙式部分の編集は中途で頓挫している、と言うことなのだ。
そこで、取りあえず地道に全てのminiDVテープに目を通し、それぞれのDVテープに何が撮影されているかを把握することにした。
これらは、テープの途中で終わっている撮影時間が短いDVテープもあるのだが、のべ16時間の映像素材である。
結局3日間かけて、早送りしつつ全てのDVテープに目を通し、録画されている映像を確認し、記録した。
しかしながら、DVテープの内容の確認、記録作業だとつまらないので、結婚披露パーティのある部分の編集をした。
そのある部分とは、「ウェディングケーキ入刀」のシークエンスである。
先日お話したように当日は、固定カメラ2台、手持ちカメラ3台の計5台で撮影に望んだ訳であるから、「ケーキ入刀」の映像も5本ある。
という訳で、5本の映像を並べて見て、5本の映像のうち一番良い部分(カット)を選んで編集した。
ただ単に全ての映像素材を時系列的にシンクロするように並べて、画面的に見て良いカットだと思うカットをレイヤーの一番上に表示するだけなので、とても簡単な作業なのだが、ここでひとつ問題が発生した。
DVカメラ毎の時間合わせを行わなかった関係で、タイム・コードが合わないのである。ひどいものは1日分も時間が狂っている映像があった。
仕方が無いので、DVカメラのマイクが拾った音で、5本の映像を時系列的にシンクロさせることにした。
で、一番役に立ったのが、シャンパンの栓を抜く音である。
5本それぞれの音の波形を表示させ、シャンパンの栓を抜く音をキーに5本の映像をシンクロさせ、パッと見て良いカットを取りあえずレイヤーの一番前面に配置した。
音声は5本分あるのだが、見事にひとつの音声として聞こえるのだ。
関連日記
結婚式ビデオ編集 その3
http://diarynote.jp/d/29346/20040602.html
結婚式ビデオ編集 その1
http://diary.note.ne.jp/d/29346/20040223.html
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と言うのも、挙式部分の映像に、ふたりの新婚生活の中、ふたりはバラバラの行動(例えば、新郎:サラリーマン生活 新婦:主婦生活)を取っているが、実際は常に相手の事を思っているのだよ、という映像を個別に撮影し、それらと挙式の映像をモンタージュして一本の作品に仕上げたくなってしまったのである。まあそうなれば、少なくてもただの記録映像よりはエモーショナルであろう。
しかし、と言う事は、追加撮影の必要が出てきたため、挙式部分の編集は中途で頓挫している、と言うことなのだ。
そこで、取りあえず地道に全てのminiDVテープに目を通し、それぞれのDVテープに何が撮影されているかを把握することにした。
これらは、テープの途中で終わっている撮影時間が短いDVテープもあるのだが、のべ16時間の映像素材である。
結局3日間かけて、早送りしつつ全てのDVテープに目を通し、録画されている映像を確認し、記録した。
しかしながら、DVテープの内容の確認、記録作業だとつまらないので、結婚披露パーティのある部分の編集をした。
そのある部分とは、「ウェディングケーキ入刀」のシークエンスである。
先日お話したように当日は、固定カメラ2台、手持ちカメラ3台の計5台で撮影に望んだ訳であるから、「ケーキ入刀」の映像も5本ある。
という訳で、5本の映像を並べて見て、5本の映像のうち一番良い部分(カット)を選んで編集した。
ただ単に全ての映像素材を時系列的にシンクロするように並べて、画面的に見て良いカットだと思うカットをレイヤーの一番上に表示するだけなので、とても簡単な作業なのだが、ここでひとつ問題が発生した。
DVカメラ毎の時間合わせを行わなかった関係で、タイム・コードが合わないのである。ひどいものは1日分も時間が狂っている映像があった。
仕方が無いので、DVカメラのマイクが拾った音で、5本の映像を時系列的にシンクロさせることにした。
で、一番役に立ったのが、シャンパンの栓を抜く音である。
5本それぞれの音の波形を表示させ、シャンパンの栓を抜く音をキーに5本の映像をシンクロさせ、パッと見て良いカットを取りあえずレイヤーの一番前面に配置した。
音声は5本分あるのだが、見事にひとつの音声として聞こえるのだ。
関連日記
結婚式ビデオ編集 その3
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結婚式ビデオ編集 その1
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今シーズンのべ9〜10日目のスキーは「八方尾根スキー場」だった。
2004/02/28-29
わたしはここ4シーズン連続で「八方尾根スキー場」へ行っているが、2月28日は最高の天候だった。
先シーズンまでは、吹雪、雨、霧等で視界が悪いコンディションばかりだったのだが、28日は快晴。
「八方尾根スキー場」がこんなに良いスキー場だということに、初めて気づく事になったのだ。
天候が良い分、雪質はイマイチだった。下界はシャーベット系が入っていた。
一方29日は霙から雨であった。
しかし28日夜半の積雪のため、午前中早い時間は新雪パウダー天国だった。
だが、下界は降雨。
宿に戻るとわたしは水浸しだった。
「八方尾根スキー場」は、長野オリンピックの滑降等の会場となった事もあり、海外からの客も多いスキー場である。
今回は韓国からの客が多かったような印象を受けた。
文化の違いから若干のトラブルはあったものの、日韓友好の掛け橋になったかも知れない。
2004/02/28-29
わたしはここ4シーズン連続で「八方尾根スキー場」へ行っているが、2月28日は最高の天候だった。
先シーズンまでは、吹雪、雨、霧等で視界が悪いコンディションばかりだったのだが、28日は快晴。
「八方尾根スキー場」がこんなに良いスキー場だということに、初めて気づく事になったのだ。
天候が良い分、雪質はイマイチだった。下界はシャーベット系が入っていた。
一方29日は霙から雨であった。
しかし28日夜半の積雪のため、午前中早い時間は新雪パウダー天国だった。
だが、下界は降雨。
宿に戻るとわたしは水浸しだった。
「八方尾根スキー場」は、長野オリンピックの滑降等の会場となった事もあり、海外からの客も多いスキー場である。
今回は韓国からの客が多かったような印象を受けた。
文化の違いから若干のトラブルはあったものの、日韓友好の掛け橋になったかも知れない。