「公立図書館のみなさまへ」(「雑司ヶ谷 R.I.P.」/樋口毅宏)をめぐる冒険
【公立図書館のみなさまへ この本は、著作者の希望により2011年8月25日まで、貸し出しを猶予していただくようお願い申し上げます。】

これは、2011年2月25日に新潮社から発行された樋口毅宏の「雑司ヶ谷 R.I.P.」の奥付直前のページに明記されたものである。(写真参照→ http://bit.ly/fY0cxk )

これは、2011年1月23日の @joenaha のツイート【樋口毅宏『民宿雪国』をAmazonで買おうとしたら絶賛売切中なのでとりあえず図書館で予約しといた.44人待ちだったよ 】(ツイート参照→ http://bit.ly/fmXJAs )に端を発する【「民宿雪国」から始まる図書館論議】(経緯参照→ http://bit.ly/hHJEuQ )の流れの中、「民宿雪国」の著者:樋口毅宏( @takehirohiguchi )が決断した結果である。

樋口毅宏( @takehirohiguchi )が決断した経緯【もしかしたら、とても大きな事が起きようとしているのかも知れないよ。】(経緯参照→ http://bit.ly/hwSUb5 )から引用する。

石井昂( @blackfox711 )
【どうも誤解がありますね。図書館に新刊を買うな、なんて少しも言ってないんです。著者の意志があれば新刊の貸し出しは、少し猶予していただけないか、という図書館に対するお願いなんです。】
【図書館問題の解決は、意外に簡単な事なんですよ。明らかに影響を被っている著者は自分の本の奥付に、「図書館では初版から6ヶ月間は貸し出しをしないで欲しい」とメッセージを入れる。それを図書館側が尊重して自粛してくれればいいんです。】

樋口毅宏( @takehirohiguchi )
【僕が「明らかに影響を被っている著者」かどうかはわかりません。でも、先ほどの石井さんのツイートで決めました。自分の本の奥付に、「図書館では初版から6ヶ月間は貸し出しをしないで欲しい」とメッセージを入れる。その第一号に僕がなります。】
【来月、新潮社から出版する「雑司ヶ谷RIP」の奥付に、「図書館では初版から6ヶ月間は貸し出しをしないで欲しい」と入れます。田中ノリーさま、よろしくです!】

石井昂( @blackfox711 )
【素敵なご返事ありがとうございます。これは各出版社、著者団体を巻き込んだ、ひとつの運動体にしたいのです。つまり図書館側に納得してもらう大きさにする戦略を立てますので、しばし時間を下さい。】

どうだろう。興奮しないかい。
今、時代が動こうとしているのだ。

しかしながら、多くの人が考えるように、「雑司ヶ谷 R.I.P.」の奥付に明記された、

【公立図書館のみなさまへ この本は、著作者の希望により2011年8月25日まで、貸し出しを猶予していただくようお願い申し上げます。】

と言う、樋口毅宏の決断を批判したり冷笑したりするのは容易だ。
しかしぼくは、樋口毅宏のその決断に、その行動力に心からの拍手を贈りたい。

樋口毅宏の戦いは、表向きは図書館の新刊貸し出しにより、新刊の販売機会が失われる作家の生活を守るため、と言うことになっているが、わたしが思うには、前述のような金や、そして名誉のためではなく、図書館を愛する作家自身による、理想のための戦いなのだ。

もしかしたら、樋口毅宏は、かつて巨大な風車の群れに立ち向かった騎士の様に、無惨に敗れ去るのかも知れない。

「あぁ、やっぱりダメだったね。ぼくは最初からそう思っていたんだよ」

訳知り顔でそんな言葉をつぶやくのは簡単だ。
実際のところ、多分、そんなつぶやきがあふれてしまうのだろう。

しかし、ぼくはそうはなりたくない。

読書を趣味としている人間にとって、このままの状況が続き、作者の生活が脅かされ、結果的に、リスクを恐れる出版社が、話題になりそうなベストセラー本しか出版しないようになり、好きな本が読めなくなるような状況の到来は許せないのだ。

これは映画を趣味としている人間が、映画の海賊版や、違法ダウンロード、DVDのリッピングを憎むのと同じ理由である。作品の製作費が回収されないために業界全体が縮小してしまった場合、誰もが安心して観られる最大公約数的な、つまり映画ファンにとってつまらない作品だらけになってしまうのは許せないのだ。

わたしは、面白い本が読めなくなったり、面白い映画が観られなくなったりする時代の到来を危惧しているのだ。

なお、この樋口毅宏の決断に対する、意見や批判、そして冷笑は、このまとめ【もしかしたら、とても大きな事が起きようとしているのかも知れないよ。】(経緯参照→ http://bit.ly/hwSUb5 )の下段のコメントを参照いただきたい。

肯定、否定、様々な意見の交換が行われている。

そもそも図書館の本来の使命は「現代の知を集約し、次の世代にその知を継ぐ」であるはずだ。
しかしながら、利用者のリクエストにより書籍を購入する図書館の多くは、話題になっている書籍や所謂ベストセラー本を大量に、--場合によっては1館の図書館あたり50〜150セットも--、購入しているのが実情なのである。

その大量購入されたベストセラー本は、勿論ボランティアでいろいろな施設や図書コーナーで再利用される事もあるが、それは全体から見たら僅かな部数であり、再利用されなかった多くのベストセラー本は、最終的に裁断破棄されてしまうか、死蔵されてしまう。

これは、図書館の健全な運営とは考えられない。
図書館にとっても、著者にとっても、読者にとっても、だ。

その辺りについては以前書いたエントリー【ベストセラー本と図書館の死】( http://bit.ly/bNIBCv )を参照していただきたい。

なお、今回の件については、読売新聞(YOMIURI ONLINE)でも記事になっている。

【図書館貸し出し猶予を…小説家が巻末にお願い】( http://bit.ly/dHhD6H )

以下、本文を引用する。

 気鋭の小説家、樋口毅宏(たけひろ)さん(39)が、25日発売の「雑司ヶ谷R.I.P.」の巻末に、公立図書館での貸し出しを、新刊の売れ行きに影響が大きい刊行から半年間、猶予するよう求める一文を掲載した。

 図書館がベストセラーを大量購入して貸し出す現状については、複数の作家が「無料貸本屋」と異議を唱えてきたが、作家が自著に、このような一文を載せるのは「おそらく前例がない」(版元の新潮社)という。

 樋口さんは「さらば雑司ヶ谷」で一昨年デビュー。続編となる新作は、昨年1年の大半を執筆にあてた力作だが、定価1600円で初版6000部のため、印税は96万円。一方で、昨年12月刊の自著「民宿雪国」が、ある図書館で44人もの貸し出し予約が入っていることを知り、それが今回の行動のきっかけとなった。

 日本文芸家協会は、図書館の貸し出し実績に応じた補償金を著者へ払う制度の導入を国に求めているが、実現していない。

 樋口さんは「(増刷されなければ)僕の昨年の労働の対価は、印税の96万円だけ。このままでは、皆が卵(本)をただでもらううち、鶏(著者)はやせ細り、死んでしまう」と話している。

(2011年2月25日16時08分 読売新聞)

記事の内容は、既にお気づきのように、わたしが今回書いたエントリーとほぼ同様である。

もしかしたら、わたしのまとめ記事【「民宿雪国」から始まる図書館論議】( http://bit.ly/hHJEuQ )、【もしかしたら、とても大きな事が起きようとしているのかも知れないよ。】( http://bit.ly/hwSUb5 )を参照しているのかな、とも思える位である。

が、全て公開情報からの記事なので、わたしの気のせいだろう。

さて、ここで考えなければならないのは、日本の印税制度である。

日本の著者印税は、欧米の印税のように実際の販売部数によるものではなく、印刷部数によって決定される。

従って、一旦出版されてしてしまえば、著者にとっては売れようが売れまいが、つまり返本の嵐になってしまおうが、出版社の大量の不良在庫になってしまおうが、ある意味関係ない、と言えるのだ。
尤も、これは初版第一刷に限って、の話だが。

当然ながら、不良在庫になってしまった本は重版されない。
その場合、初版第一刷による著者印税が著者が得られる収入の全て、と言う事になる。

つまり、逆に言うと、重版されれば、重版の時点で著者印税が再度発生する事になる、と言う事だ。

日本の印税制度においては、重版がいかに重要か、と言うところである。

この状況の中、図書館は話題の本を1館あたり複数を、図書館によっては50〜150セット購入しているのである。

こんな状況では、重版は難しいだろう。

こんな状況では、作家の収入増は期待出来ないだろう。

こんな状況では・・・・

ともかく、今回の樋口毅宏の決断が巻き起こす事象に、今後も注目して行きたいと考えている。

なお、樋口毅宏( @takehirohiguchi )のツイート( http://bit.ly/eKJyMC )によると、

【3月12日発売の「Feel Love」(祥伝社の文芸誌)で僕の主張がほぼ全文掲載されます。それまでみなさんの関心が続いていたら、手に取って読んでみて下さい。】

とのことである。

今後の動きに乞うご期待である。

コメント

nophoto
nic-n
2014年1月5日21:28

 もう3年近く前のテーマにコメントになってしまいます。
 図書館が同一タイトルを複数購入することは、住民の情報ニーズが高い時に行いますよね。

  「1館当たり50~150セットも」

 は、一つの地方自治体におけることです。
 例として「1地方自治体で100冊」ということを、マスコミが過激に報道したような感触を受けています。
 ぜひこのことについて考え続けていきたいですね!
tkr

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