近代五輪の父、国際オリンピック委員会(IOC)の2代目会長ピエール・ド・クーベルタンは、「オリンピックは参加する事に意義がある」と語ったと言われている。

実際は、エチェルバート・タルボット司教の説教で語られた「この五輪で重要なことは、勝利することより、むしろ、参加したことにあろう」を引用し、「ペンシルベニアの司教が『五輪大会で重要なことは、勝つことではなく、参加することである』と述べられたのは、まことに至言である。人生において重要なことは、成功することでなく、努力することである。根本的なことは征服したかどうかにあるのではなく、よく戦ったかどうかにある。このような教えを広めることによって、いっそう強固な、いっそう激しい、しかもより慎重にして、より寛大な人間性を作り上げることができる」と語ったことが一人歩きをしているようである。
『「参加することに意義がある」の真意』より一部引用
http://www.yomiuri.co.jp/athe2004/kouza/02.htm

現在、バンクーバーオリンピックの開会式が開催されているが、それを見ながらつらつらといろんな事を考えてしまう。

選手団を何百人も送り込んでメダル争いをするより、飢餓で苦しむ国や地域、紛争が絶えない国や地域から一人でも二人でも多くの選手をオリンピックに参加させる、彼らを国際映像が撮影し、メディアがコメントを付加し取り上げる事により、その選手たちの国や地域の実情が世界中に知らされる。そちらの方が圧倒的に意義がある事だと思った。

メダル争いをしたり、服装が乱れていたりして、記者会見で「反省してま〜す」なんて言っている選手をオリンピックに選手として送り込んでいる国の国民として恥ずかしい思いがする。

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tkr

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