「王と鳥」

2006年9月10日 映画
2006/09/01 東京渋谷「シネマ・アンジェリカ」で「王と鳥」を観た。同時上映は「かかし(短編)」

タキカルディ王国。
暴君として名高い国王・シャルル5+3+8=16世は、納得の行く肖像画を求め、何度も画家を換え描き直させていた。

と言うのも、王は天高くそびえる宮殿の最上階にある秘密の部屋に飾られた美しい羊飼いの娘の絵画に恋をしていたのだ。

しかし、その羊飼いの娘は隣りに飾られている煙突掃除の青年と恋に落ちていた。

羊飼いの娘と煙突掃除の青年は、2人の仲を引き裂こうとする王から逃れるため、絵画から抜け出してしまう。
それを見た肖像画の王は、2人を追い絵画から飛び出してくるが・・・・。

監督:ポール・グリモー
原作:アンデルセン 「羊飼い娘と煙突掃除人」
脚本:ジャック・プレヴェール、ポール・グリモー
台詞:ジャック・プレヴェール
音楽:ヴォイチェフ・キラール、ジョセフ・コズマ
声の出演:パスカル・マゾッティ(王)、ジャン・マルタン(鳥)、レイモン・ビュシエール(警官長)、アニネス・ヴィアラ(羊飼いの娘)、ルノー・マルクス(煙突掃除の青年)、ユベール・デシャン(助言者)、ロジェ・ブラン(盲人)、フィリップ・デレーズ(エレベーターとスピーカーの声)、アルベール・メディナ(猛獣使い)、クロード・ピエプリュ(宮殿の長)
 
 
本作「王と鳥」を観て最初に思ったのは、宮崎駿の事であった。

その思いは、わたしは宮崎駿に騙されていたのではないか、と言う事。

宮崎駿のオリジナルの発想だと思っていたプロットやギミックの多くは、なんと「王と鳥」で既に描かれていたのである。

例えば「未来少年コナン」(1978)の三角塔や三角塔の地下に拡がるコアブロックの造形、またはフライング・マシンや復活した太陽塔で描写されるつなぎ目のない壁に突如現れるドア、または「カリオストロの城」(1979)におけるカリオストロ城の造形や、つなぎ目のない床に突如現れる落とし穴や、落とし穴の部屋、エレベータの造形、階段を駆け降りるキャラクター等々、多くの点で、宮崎駿作品の発送の原典が感じられる。

宮崎駿はあるインタビューで「僕らの仕事は、前の世代からもらったバトンを、次の世代に渡すことだと思っています」と語っているが、だとしても、「王と鳥」と宮崎駿が関わった作品におけるイマジネーションの同一性は甚だしい、と言わざるを得ない。

また、高畑勲が「特に『カリオストロの城』は、この映画(「王と鳥」)の半分パクリみたいな・・・・」と語った、と言うのも頷ける。

わたし達が愛した宮崎駿とは一体何者だったのだろうか、わたしは宮崎駿に騙されていたのだろうか、と。
 
 
さて本作「王と鳥」についてだが、物語は、煙突掃除の青年が宮殿の最上階に巣を作る鳥の助けを得て、天高くそびえる宮殿の最上階の王の秘密の部屋から、無理矢理王の嫁にさせられそうになってしまう羊飼いの少女を救出する物語だと言える。

そうして見ると、物語自体も「カリオストロの城」に酷似していると言える。

そして、羊飼いの少女の絵画を愛する王は、非常にキレやすい性格で、意に沿わぬ家来は即座に落とし穴へ落としてしまうし、また、秘密の部屋まで王を案内するためエレベータを操作した家来も、そこが秘密の部屋だと言う理由で落とし穴に落としてしまう。

王のキャラクター設定は、時空を超え、近代日本におけるキレやすい若者、または偏愛する対象を二次元に求める人々の象徴としてもとらえる事ができるのが、強烈なシンクロニシティを体現しているのだ。

そんな王も肖像画から出てきた肖像画の王に落とし穴に落とされ、肖像画の王は実の王に化け、羊飼いの少女との結婚を望み、脱出した2人を国をあげて追いかける、と言う行動を起こす。

そんな中で、非常に印象に残ったシークエンスが二つある。

ひとつは、煙突掃除の青年が羊飼いの少女を助けるシークエンスで、もうひとつは、青年と少女が手をつなぎながらものすごい速さで階段を駆け降りるシークエンスである。

ひとつめのシークエンスは、壁に飾られた絵画から青年が梯子を使って床に降り、その梯子を少女が描かれている絵画に立て掛け、梯子を使って少女を絵画から助け出すのだが、その動きだけで涙が出てしまう。

アニメーションが持つダイナミズムのひとつの頂点なのかも知れない。

そして、その手の動きは「カリオストロの城」でルパンがクラリスに万国旗を手渡すシークエンスを髣髴とさせる。(と言うか、逆なのだが・・・・)

ふたつめのシークエンスは、セルアニメの限界を遥かに超えた超絶技法が要求されるシークエンスである。

青年と少女は手を取りあったまま、背景として描かれた百段以上の階段をものすごい速さで一段一段駆け降りて行く。
それを描くその圧倒的な技術には、目を瞠るどころか、涙がこぼれてしまう。

ただ単に階段を駆け降りて行くだけの映像で泣けるのである。

そのふたつのシークエンスが劇場のスクリーンで見られただけで、わたしは幸せな気分になってしまった。

まさに、アニメーションの語源、animate(生命を与える)である。

本作「王と鳥」は、アニメーションに関心を持つ者、映像に関心がある者必見のすばらしい作品である。

是非劇場で観て欲しいと思うし、本作で描かれる独創的なイマジネーションの奔流に身を任せていただきたい、と思う。

☆☆☆☆(☆=1.0 ★=0.5 MAX=5.0)

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