2004/07/16 東京新宿 明治安田生命ホールで「堕天使のパスポート」を観た。

イギリスの首都ロンドン。
伝統とポップ・カルチャーが共存するこの街には、パスポートを持たない不法滞在者や難民たちがひしめきあっている。

トルコ出身のシェナイ(オドレイ・トトゥ)も、そのひとりだ。
彼女は、従姉妹のいるニューヨークへ脱出する日が来ることを夢見ながら、バルティック・ホテルのメイドとしてつつましく暮らしていた。

そんなシェナイには、オクウェ(キウェテル・イジョフォー)というアフリカ人の同居人がいた。
同居と言っても、オクウェはシェナイと同じホテルのフロントで夜勤をしているので、ふたりがアパートで顔を合わせることはない。しかも彼は、アパートでもほとんど眠ることはなく、昼間はタクシーの運転手をしていた。

ある夜、娼婦ジュリエット(ソフィ・オコネドー)の言葉に従ってホテルの部屋をチェックしに行ったオクウェは、510号室のバスルームで驚くべきものを発見する。
そこに常軌を逸した事件の匂いを嗅ぎつけた彼は、支配人のファン(セルジ・ロペス)に警察への通報を進言するが、ファンはまったくとりあわず、オクウェに口封じの金を握らせようとした。金を受け取るのを拒んだオクウェだったが、不法滞在者の彼には、自身で警察に通報することはできない相談だった。

ホテルのドアマン、アイヴァンにズラッコ・ブリッチ、オクウェの友人で剖検医師グオイにベネディクト・ウォン。
監督はスティーヴン・フリアーズ。

本作「堕天使のパスポート」は、現代のロンドンが内包している様々な問題、難民や不法滞在者、貧富の差や偽造パスポート、臓器売買等の社会的問題に鋭くメスを入れる社会派作品である。
と言えよう。

とは言うものの、本作の監督はスティーヴン・フリアーズ。
前半部分は前述のようにハードな内容の社会派作品なのだが、後半部分はある種のファンタジー作品に見事に転化し、ハードで重い内容の映画にも関わらず、さわやかな気持ちで観客を劇場から帰す事に成功しているのではないだろうか。

脚本的には、偽造パスポートを入手することにより、アイデンティティーを得る、という関連付けが含みがあって良い。
また、物語の持って行き方、社会派的問題を物語の俎上に乗せる手法が上手いのではないかと思った。

この辺りは「ダンサー・イン・ザ・ダーク」的かも知れない。

キャストは、まずはシェナイ役の世界の恋人「アメリ」のオドレイ・トトゥだが、「アメリ」からは考えられないようなダメな人間、そして恐ろしいほどの汚れ役を演じきっている。
彼女の目的(偽造パスポートの入手)の為の手段やそこにいたる境遇が悲しくも恐ろしい。
この辺りは、オドレイ・トトゥの容貌も相まってか、リアリティの付与に成功しているのではないだろうか。

オクウェ役のキウェテル・イジョフォーは、この映画の良心とも言える存在で、犯罪渦巻くロンドンにおいて孤高を貫く様は、潔くも美しい。
おそらく多くの観客が共感するキャラクターとして描かれているのではないだろうか。

ホテルのドアマン、アイヴァンを演じたズラッコ・ブリッチは、本作のコメディ・リリーフ的な存在で、時にして重くなりがちな映画の雰囲気を打破している。ロシア訛りも面白いのだ。
ただ、自分の好きなように正直に生きる様も他のキャラクターと対比する事により、面白い印象を与えている。

オクウェの友人で、剖検医師グオイのベネディクト・ウォンは、非常に知的な印象を受ける。本作の知を象徴する論理的なキャラクターとして描かれているのではないだろうか。
シェナイ(オドレイ・トトゥ)やオクウェ(キウェテル・イジョフォー)の役柄と対比すると面白いのではないだろうか。

ホテルの支配人ファンを演じたセルジ・ロペスの存在感も素晴らしいし、非常に重要な役柄となっている。

ラストの描き方には若干好き嫌いはあると思うし、実際わたしは個人的に、あの解決策により映画自体が、社会派作品からファンタジー作品へ転化してしまうのは、よろしく無いと考えるし、脚本としては甘いと思う。

しかし、ああでもしないと、映画の結末を見た観客は、恐ろしく重い気持ちで肩を落して劇場を後にしなければならなくなってしまう訳だから、あの解決策は監督の英断だった、と評価せざるを得ないのだろう。

あのようなラストへの持って行き方(作品自体のベクトルの転化方法)は、「プライベート・ライアン」や「ディナー・ラッシュ」的なベクトル転化を髣髴とさせる。

とは言うものの「プライベート・ライアン」のベクトル転化は甘く、スティーヴン・スピルバーグの悪い癖である娯楽嗜好が顔を出しているが、「ディナー・ラッシュ」のベクトル転化は颯爽としていて美しい。
「堕天使のパスポート」のベクトル転化は颯爽としていて甘い。というところであろうか。

本作「堕天使のパスポート」は、山椒は小粒でピリリと辛い的な作品なのである。
機会があったら、目をそらさずに観て欲しい作品のひとつなのだ。

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tkr

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