「キル・ビル Vol.2」
2004年5月3日 映画
先日お話したように、
2004/05/01映画の日に
「キル・ビル Vol.2」と
「スクール・オブ・ロック」を観た。
で、今日はというと「キル・ビル Vol.2」のお話です。
「キル・ビル Vol.1」のわたしの評価は、
1.構図や音楽、演出は評価できるが、脚本が単調でつまらない。
2.一部のアクションが冗長で退屈である。
という感じである。
総合的には、「キル・ビル Vol.1」公開当時同様、
『「キル・ビル Vol.2」が公開されていない今、わたしに言えるのは、態度保留ということである。』
というものである。
従って、「キル・ビル Vol.2」で、なんとか脚本の冴えを見せて欲しい。という気持ちでわたしは「キル・ビル Vol.2」を観た訳である。
個人的な第一印象的感想としては、『大変素晴らしい娯楽作品に仕上がっている。』というものである。
わたし達のような従来からのクエンティン・タランティーノ映画ファンの多くは、彼が書く脚本の、伏線やプロット、ディテール、そしてなんと言っても脚本の妙、脚本の冴えを求めているのであろう。
「キル・ビル Vol.1」は、残念ながら脚本ではなく、アクションで物語を紡ぐ、と言った手法をとっていたため、従来のタランティーノ映画ファンに取っては、決して満足の行く作品でなかったと思うのだ。
そして、映画秘宝的、東京ファンタ系ファンを集め、本来のタランティーノ作品の方向性と異なるベクトルを持った「キル・ビル Vol.1」に群がり、スノッブなにわかタランティーノ映画ファンを増やすにいたったのである。
一方「キル・ビル Vol.2」は、脚本が従来のタランティーノ作品のレベルまで達しており、そのため「キル・ビル Vol.1」と「キル・ビル Vol.2」を並べて観た際、物語のストーリー・ラインは充分評価できるもの、となっている。
そう考えた場合、退屈で脚本にひねりの無いつまらない映画「キル・ビル Vol.1」でさえ、映画的記憶のためか、素晴らしい映画に見えてくる。という機能を持っているのである。
わたしが考える「キル・ビル Vol.1」におけるつまらないシークエンスは、
1.オキナワの漫才
2.クレイジー88の退屈で冗長な殺陣
である。
オキナワの漫才は、ユーモアではなく、笑えないコメディのテイストであり、見るに耐えない。
また、クレイジー88の殺陣はユエン・ウーピンの指導とも思えないお粗末なものであった。
しかし本作「キル・ビル Vol.2」は、そういったテイストは皆無で、「キル・ビル Vol.1」のオキナワ以前のテイストを拡大したような印象を受けた。
つまり、「キル・ビル Vol.1」の評価できる部分を拡大したような作品に仕上がっている。ということである。
で、「キル・ビル Vol.2」だが、
先ず、プロットが素晴らしい。
「キル・ビル Vol.1」で棚上げされた幾つかの謎が基本的には全て解明され、脚本的にキッチリした作品に仕上がっている。
また、脚本は最早セリフ・バトルの様相を呈しており、ザ・ブライドとバド、エル、ビル等との、アクションではなく、セリフで戦う様が評価できる。
プロットと言うか伏線で興味深かった点をいくつかあげると、
ザ・ブライドの娘(B.B.)の登場シークエンスでの銃撃戦での娘のセリフ「バン!バン!」が、「キル・ビル Vol.1」のオープニング・クレジットに繋がるところが感動的である。
B.B.という名前は「Ban!Ban!」かな、とさえ思ったりする。
または、二親の名前から来ているのかも、と思ったりもする。
また、生き埋め状態からの脱出シークエンスの方法(ワン・インチ・パンチ/ワン・インチ・ブロー)も伏線として面白い。
パイ・メイには、ビル、ザ・ブライド、エルが師事していた点も面白いし、エルの眼帯の謎や、「キル・ビル Vol.1」の目玉を刳り貫くシークエンスもこれはパイ・メイの指導があった事が暗示されている。
エンディング・クレジット後のおまけ映像にも収録されているし。
バドが半蔵の日本刀を質屋に売った話も良いし、バドのザ・ブライドに対する騙し討ちのショット・ガンも良い。音楽を再開させるところが、バドと言うより、マイケル・マドセンらしい印象を受ける。
そしてバド発案のザ・ブライドの生き埋めや、そこからの脱出シークエンスも良い。(前述のワン・インチ・パンチ/ワン・インチ・ブロー)
また、演出や手法について、面白い点をあげると、
パイ・メイのシークエンスでのフィルムの粒子の粗さや、急なズーム・イン、ズーム・アウト、それにピンボケを重ねるあたりも香港テイストで面白い。
生き埋めシークエンスは観ている方も呼吸困難になってしまうほど、凄まじい効果を観客に与える事に成功している。
ビル邸に向かうザ・ブライドがロング・スカートをはいているのは謎だが、なんとも印象的である。
そしてビル、ザ・ブライド、B.B.の対面シーンが素晴らしい。
涙すら出てしまうほどの感動の再会なのだ。
さらに、ビルのB.B.への生と死の教育手法もタランティーノ節全開の素晴らしいものだった。(金魚の死)
また、ビルとザ・ブライドとの座ったままの殺陣もちょっと短いが興味深い。殺陣の中では、特に日本刀の鞘を使った点が素晴らしい。
長くなったし、まとまりが全く無いので、この辺でやめておきますが、もしかしたら、つづくかも。
「キル・ビル Vol.1」
http://diarynote.jp/d/29346/20031028.html
不運な映画「キル・ビル Vol.1」
http://diarynote.jp/d/29346/20031029.html
ここがダメだよ『キル・ビル Vol.1』
http://diarynote.jp/d/29346/20031114.html
2004/05/01映画の日に
「キル・ビル Vol.2」と
「スクール・オブ・ロック」を観た。
で、今日はというと「キル・ビル Vol.2」のお話です。
「キル・ビル Vol.1」のわたしの評価は、
1.構図や音楽、演出は評価できるが、脚本が単調でつまらない。
2.一部のアクションが冗長で退屈である。
という感じである。
総合的には、「キル・ビル Vol.1」公開当時同様、
『「キル・ビル Vol.2」が公開されていない今、わたしに言えるのは、態度保留ということである。』
というものである。
従って、「キル・ビル Vol.2」で、なんとか脚本の冴えを見せて欲しい。という気持ちでわたしは「キル・ビル Vol.2」を観た訳である。
個人的な第一印象的感想としては、『大変素晴らしい娯楽作品に仕上がっている。』というものである。
わたし達のような従来からのクエンティン・タランティーノ映画ファンの多くは、彼が書く脚本の、伏線やプロット、ディテール、そしてなんと言っても脚本の妙、脚本の冴えを求めているのであろう。
「キル・ビル Vol.1」は、残念ながら脚本ではなく、アクションで物語を紡ぐ、と言った手法をとっていたため、従来のタランティーノ映画ファンに取っては、決して満足の行く作品でなかったと思うのだ。
そして、映画秘宝的、東京ファンタ系ファンを集め、本来のタランティーノ作品の方向性と異なるベクトルを持った「キル・ビル Vol.1」に群がり、スノッブなにわかタランティーノ映画ファンを増やすにいたったのである。
一方「キル・ビル Vol.2」は、脚本が従来のタランティーノ作品のレベルまで達しており、そのため「キル・ビル Vol.1」と「キル・ビル Vol.2」を並べて観た際、物語のストーリー・ラインは充分評価できるもの、となっている。
そう考えた場合、退屈で脚本にひねりの無いつまらない映画「キル・ビル Vol.1」でさえ、映画的記憶のためか、素晴らしい映画に見えてくる。という機能を持っているのである。
わたしが考える「キル・ビル Vol.1」におけるつまらないシークエンスは、
1.オキナワの漫才
2.クレイジー88の退屈で冗長な殺陣
である。
オキナワの漫才は、ユーモアではなく、笑えないコメディのテイストであり、見るに耐えない。
また、クレイジー88の殺陣はユエン・ウーピンの指導とも思えないお粗末なものであった。
しかし本作「キル・ビル Vol.2」は、そういったテイストは皆無で、「キル・ビル Vol.1」のオキナワ以前のテイストを拡大したような印象を受けた。
つまり、「キル・ビル Vol.1」の評価できる部分を拡大したような作品に仕上がっている。ということである。
で、「キル・ビル Vol.2」だが、
先ず、プロットが素晴らしい。
「キル・ビル Vol.1」で棚上げされた幾つかの謎が基本的には全て解明され、脚本的にキッチリした作品に仕上がっている。
また、脚本は最早セリフ・バトルの様相を呈しており、ザ・ブライドとバド、エル、ビル等との、アクションではなく、セリフで戦う様が評価できる。
プロットと言うか伏線で興味深かった点をいくつかあげると、
ザ・ブライドの娘(B.B.)の登場シークエンスでの銃撃戦での娘のセリフ「バン!バン!」が、「キル・ビル Vol.1」のオープニング・クレジットに繋がるところが感動的である。
B.B.という名前は「Ban!Ban!」かな、とさえ思ったりする。
または、二親の名前から来ているのかも、と思ったりもする。
また、生き埋め状態からの脱出シークエンスの方法(ワン・インチ・パンチ/ワン・インチ・ブロー)も伏線として面白い。
パイ・メイには、ビル、ザ・ブライド、エルが師事していた点も面白いし、エルの眼帯の謎や、「キル・ビル Vol.1」の目玉を刳り貫くシークエンスもこれはパイ・メイの指導があった事が暗示されている。
エンディング・クレジット後のおまけ映像にも収録されているし。
バドが半蔵の日本刀を質屋に売った話も良いし、バドのザ・ブライドに対する騙し討ちのショット・ガンも良い。音楽を再開させるところが、バドと言うより、マイケル・マドセンらしい印象を受ける。
そしてバド発案のザ・ブライドの生き埋めや、そこからの脱出シークエンスも良い。(前述のワン・インチ・パンチ/ワン・インチ・ブロー)
また、演出や手法について、面白い点をあげると、
パイ・メイのシークエンスでのフィルムの粒子の粗さや、急なズーム・イン、ズーム・アウト、それにピンボケを重ねるあたりも香港テイストで面白い。
生き埋めシークエンスは観ている方も呼吸困難になってしまうほど、凄まじい効果を観客に与える事に成功している。
ビル邸に向かうザ・ブライドがロング・スカートをはいているのは謎だが、なんとも印象的である。
そしてビル、ザ・ブライド、B.B.の対面シーンが素晴らしい。
涙すら出てしまうほどの感動の再会なのだ。
さらに、ビルのB.B.への生と死の教育手法もタランティーノ節全開の素晴らしいものだった。(金魚の死)
また、ビルとザ・ブライドとの座ったままの殺陣もちょっと短いが興味深い。殺陣の中では、特に日本刀の鞘を使った点が素晴らしい。
長くなったし、まとまりが全く無いので、この辺でやめておきますが、もしかしたら、つづくかも。
「キル・ビル Vol.1」
http://diarynote.jp/d/29346/20031028.html
不運な映画「キル・ビル Vol.1」
http://diarynote.jp/d/29346/20031029.html
ここがダメだよ『キル・ビル Vol.1』
http://diarynote.jp/d/29346/20031114.html
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